よど号LIFE

キジの家族

小西隆裕 2021年4月20日

浚渫船が行き交う大同江

春になって、わが日本人村にもキジの数が増えたように思う。

目に付くのは、やはり圧倒的に雄のキジだ。

私の姿が見えても、悠然とコンクリート道路上を歩いている。

その距離が縮まると、おもむろにこれまた悠然と茂みの中に入っていく。

雌はほとんど見かけない。

よく見ると道路の傍らの茂みの中に潜んでいることがある。

また、私と出会うと、真っ先に茂みの中に身を隠すのも雌の方だ

そうしたある日、私が宿舎の角を回って急に姿を現した時のことだ。

けたたましい鳴き声で雄のキジが飛び立った。

と同時に目に入ったのが芝生の上で遊んでいた母と子のキジの一団だ。

小さな子供たちが転がるように必死で茂みの中に駆け込む。

その時、普段見ない光景を目にした。母鳥が悠然と芝生の上を歩いているのだ。

私が近づいても歩みを速めず、最後まで悠然と茂みの中に入って行った。

それを見て私の頭に浮かんだこと、それは「母は強し」だった。

と、ここまで書いて皆に見せたら、

雄は父性愛が弱いから真っ先に逃げたのではなく、外敵の目を自分に引きつけるため大声を上げて逃げるのだという。

なるほど。

それでタイトルも、「キジの母性愛」から「キジの家族」に替えることにした。

日本人村の春の風景

ピョンヤンの理髪師-その2

若林盛亮 2021年4月20日

前に書いた「ピョンヤンの理髪師」のその2、続編、4月初旬頃のお話です。

春の陽気が辺り一面ただよう中、ひいきの床屋に行った。例のプロの職人芸のお店だ。

「もういらっしゃる頃だとお待ちしてましたよ」との理髪師アジュモニ(おばさん)の歓迎を受けて初っぱなから心地よく入店。

「もうすっかり春ですね」の言葉に誘われて、「今日はもっと春らしくお願いします」と散髪が始まった。

私の短髪を今日はどんな風に刈りあげるのか、しばらく様子を見た。

アジュモニはハサミで細やかに刈り込みながら、頭を右に左に、あるいは上に下にと鏡を見てあれこれ動かす。つい私が「もうだいたいできてるんじゃないですか?」と言った。するとアジュモニは仰った、「床屋の椅子に座ったら理髪師の命令に従うのよ」。「ハイ服従いたします」と答える私に理髪師は「ホっホっホ」とハサミを動かし続けた。

仕上がりは、この前よりもっと短め、やや丸みを帯びた頭のラインが「春らんまん」カットなのだとか、とてもいい感じ!

感心ついでに「この前のアジュモニの仕事ぶり、書かせてもらいましたよ」と言ったら、「エッ! 私のことですか!」と少し驚きながら「どんなとこに書いてらっしゃるの?」と訊きいてきた。「私らのwebサイトですけど」と答えたら、「それってインターネットですよね」と確かめて、「じゃあ、世界中の人が見るんですよね」と弾んだ声が返ってきた。

そう言われるとちょっとむずがゆい。原理的には「世界中の誰もが見れる」、けれど私たちのフォロワーはそう多くない。あまり失望させるのも何だし見栄もあって、「まあそうですが日本語がわかる人しかだめですけどね」と無難に答えた。

「書いてくださってありがとう」と嬉しそうに、しかし真顔でアジュモニは仰った。

「でもなにも私だけが特別じゃないのよ。わが国では“人民のために奉仕”がサービス業のモットーですから、商店だって食堂だってみんなそうしてる。お客さんもわが国のことはおわかりでしょう?」

それは謙遜というより、朝鮮という国のサービス業に従事する者の心構えがいかなるものか、それを外国人にわからせようとするこの女性理髪師の愛国心を言葉にしたもの。

彼女の職人芸は愛国心と一体! この方はどこをとっても一流だ。

理髪が終わると「お客さんはお茶、お好きですか?」と茶を煎(い)れてくれた。それはとても香り芳しい「薔薇(ばら)茶」、最後のサービスをゆっくり味わわせていただいて「コマスミダ(ありがとう)」とお礼を述べて店を出た。

ピョンヤンの理髪師から何かひとつ教えられた気がして、頭も気分も春らんまんの一日でした。

「青天を衝け」が面白い

魚本公博 2021年4月20日

大河ドラマ「青天を衝け」がなかなか面白いです。大河ドラマは戦国時代や幕末を題材にしたものが多く、これまでの主人公はほとんどが、その時代の主要人物でした。ところが今回のドラマの主人公・渋沢栄一は幕末の頃には一介の庶民。それでドラマは、時代の大事件と一介の庶民の成長物語が並行して描かれるのでスピード感があり、しかも名もない庶民が時代の流れをどのように受けとめたかという感じで描かれるので、それが、これまでの大河ドラマとは一味違った面白さになっているのだと思います。

渋沢栄一は、日本初の民間銀行(第一国立銀行)を設立し多くの企業を起こし「日本資本主義の父」と呼ばれる人物。それであまり好感はもっていなかったのですが、これはと思う点もありました。それは、「道義的な人」ということ。

渋沢は藍商売で才覚を現し、そこを買われて一橋家の家臣になりますが、その主人が徳川慶喜。その慶喜は明治維新で駿河60万石に移住。当時、徳川家の家臣である旗本は3万家。その内の1万300家が駿河に移住したそうですが生活は困窮。それを渋沢は持ち前の才覚を発揮して支えます。基金を集め(ファンド)茶の栽培、製造を行うなど色々な事業を起こし彼らの暮らしが成り立つようにしたそうです。

零落した慶喜を見捨てることなく支え、あまつさえ困窮する多くの旗本たちの生活まで面倒を見るなど。その「道義」的な生き方は、誰にでもできることではないと思います。

「一滴一滴の集まりが大河になる」というのが渋沢の持論だったそうですが、それは現在の「一人一人に価値がある」に通じるものがあります。波瀾万丈の幕末から明治にかけて、青年渋沢がどのように時代の荒波を駆け抜けていくのか、今後の展開が楽しみです。

種まき開始

森順子 2021年4月20日

今年のアスパラ

10日の土曜日、夕方の畑仕事。この春は体も動きそうなので数年ぶりの参加です。

うねをつくり白菜、ホウレン草、大根の種をまき、そして土をかぶせ水をやり、初めてスコップをもっての労働でした。終わってからはビールや健康水やおやつまで食べて、皆であーだ、こーだと話に花がさいて1時間あまりでしたが、よど農場のささやかな種まきを終えました。

畑にはすでにニラやネギもあり、たらの芽を採って帰り、さっそく夕食に。やっぱりこの季節は人々の生活にとって一番のいい時期だと感じます。そして、今月の末にはトウモロコシを植え5月中旬には田植えが始まり、もうすぐ青々とした光景が広がる朝鮮です。

「照ノ富士」

小西隆裕 2021年4月5日

照ノ富士が優勝した。

この間、BS1の大相撲ダイジェスト版を録画しておいて観るのが習慣と言うか、楽しみになった。

力士が瞬間の勝負のため、力を尽くし、秘術を尽くしてぶつかり合うのを観る楽しみに目覚めた。そんな感じだ。

もちろん、ひいきはいる。その中の一人が照ノ富士だ。

若手有望力士として、いち早く大関になった彼がいつの間にかいなくなった。そのくらいは知っていた。

その彼が序二段まで落ちて、再び上がってきた。

それで注目して観ていたが、とうとう再び大関を狙うところまで来た。

序二段まで落ちて再び大関になった力士は、大相撲の長い歴史でもいないという。

三役まで上がってきて、先々場所は小結で13勝、先場所は関脇で11勝。

今場所も二桁ならばというところで、彼も緊張したことだろう。

一番、一番、脇の甘い彼が、懐に飛び込んできた相手を両手に抱え、何とか勝ちをつかみ続ける姿には必死さが滲んでいた。

千秋楽、ここで勝てば優勝という一番、相手は大関、貴景勝。照ノ富士は、その突き押しを余裕を持って受け止め、逆転圧倒した。白鵬のいない大相撲にあって、最高の実力者としての貫禄だった。

大関から序二段へ、そして再び大関。感じられた貫禄は、その苦労に裏付けられたものだったのだろう。

こういう力士にこそ、横綱になってほしいと思う。

貧しい街が生んだヒーロー、ビートルズとリヴァプールFC(Football Club)

若林盛亮 2021年4月5日

ビートルズ解散後、リーダーだったジョン・レノンは「ワーキングクラス・ヒーロー」という名曲を書いた。「労働者階級のヒーロー」、ビートルズがまさにそうだった。メンバー4人は英国北西部の港町、リヴァプールで労働者階級の子として生まれ、ロックバンドで世界中のヒーローとなった。

リヴァプールにはもう一人(?)の「ワーキングクラス・ヒーロー」がいる。それが英プレミア・サッカーリーグの「リヴァプールFC」だ。1892年来の歴史を誇る古豪だ。

この欄で何度も書いたように私はそのリヴァプールFC大好き人間だ。

しばらく不振の時期が続いたがドイツ人の名将クロップ監督を迎えて、ここ二年間は、欧州チャンピオン(UEFAカップ優勝)に輝き、続いて昨季英プレミア・リーグ優勝を他チームに圧倒的な勝ち点差を付けて勝ち取った。

ところが今シーズンは防御の主力陣の相次ぐ負傷による長期離脱者続出で7位という不振にあえいでいる。でもこの苦境にあってリヴァプール魂そのものの「苦難突破戦」で欧州UEFAカップでは8強進出を決め、険しく困難な道、優勝という目標に向かって邁進している。

祈る思いの私は2月末にメールで送られてきたスポーツ雑誌「Number」、リヴァプール特集号の記事「貧しき街で輝いた欧州最強クラブの30年」を読み返してみた。

1980年代にリヴァプール観戦のためこの街を訪れた筆者はこう書いている。

「当時のリヴァプールはヨーロッパでももっとも貧しい街のひとつだった。・・・‘80年代の欧州最高のフットボールチームはそんな時代を生きていた」。選手の年俸もいまならたった数週間で稼ぐほどの額だったという。

当時、リヴァプールのホーム、アンフィールドでこのチームのアンセム(応援歌)“You’ll Never Walk Alone”(お前は独りじゃない)が歌われると敵地に乗り込んだ相手チームのサポーターからは侮蔑を込めて”You’ll Never Get a Job”(お前らには仕事がない)の大合唱が返ってきた。

リヴァプールはそんな歴史を背負ってきたチームだ。だから今もそのルーツを忘れない。

ホームのアンフィールドで行われる競技時には「フードバンク」が設けられ、ファンが缶詰や日持ちのする食品の袋を持ち寄り寄付する。それらはホームレスや貧しい家庭の人々の手に渡る。またコロナ禍発生当時、献身的に医療に従事する地元の病院に、リヴァプールのある選手が「名前は出さないで」と多額の寄付金を届けた美談もある。

「嵐の中でも前を向いて進むんだ 暗闇を恐れずに」に始まるこのチームの応援歌“You’ll Never Walk Alone”には「嵐の向こうには黄金に輝く空が広がる 夜明けを告げるヒバリの美しい歌声が聞こえる」という歌詞がある。コロナと闘うNHS(国民健康保健サービス)スタッフがこれを歌いながら自らを励ます動画が流れたという。それを見たチームのクロップ監督は涙が止まらなかったそうだ。ある病棟では受け持ち患者の1/3が感染症で亡くなってしまうという悲惨に耐える状況下での逸話だ。

街の人々と苦楽を共にするリヴァプールFC、「貧しき街で輝いた欧州最強クラブ」に刻まれたDNA、今季、主力を失っても「苦難突破戦」に挑むリヴァプール魂をこの街の人々と共に私は愛しチームの勝利を信じたい。

「嵐の向こうには黄金に輝く空が広がる」のだから。You’ll Never Walk Alone!!

水蒸気噴霧器

赤木志郎 2021年4月5日

春になり、アパートのベランダの壁塗りや補修が始まった。それに伴い、部屋の中の掃除、整頓もおこなうことになった。三人家族の生活から一人になったので使っているのは台所と浴室以外に寝室兼書斎の1部屋だけだ。掃除は日曜日にやることになっているが、つい手を抜くこともある。

BS放送でTVを見ていたら、水蒸気噴霧器の宣伝があった。100度の蒸気で汚れを落とすものだ。台所や窓のさんなどの汚れを簡単に落とすだけでなく、カーテンをつけたま汚れを落とすことができ、食器の消毒にも利用できる。手間をだいぶ省け、しかも綺麗になる。

あればいいなあと思っていたら、イタリアとの合弁の中国製のものが商店にあった。70$で購入できた。店で試し、使い方を教えてもらった。

作業が楽になるのが良いし、洗剤を使わないのが良い。もし「暮らしの手帖」の花森編集長が生きていたら、製品テストで太鼓判を押していたのではないかと思った。

春の衣がえとともに住居の壁塗り、家の掃除、四月になったことを実感する。

そろそろ畑作業を始める季節です

魚本公博 2021年4月5日

今年は春の到来が速く、例年ですと4月末から始める畑作業準備にもそろそろ取りかからなくてはと思うこの頃です。

そうした中、「スマート農業」に関する資料を読みました。今、日本の農業の問題は、後継者不足、人手不足。農業人口は200万人を切り、平均年齢67歳、今後数年間で多くの人のリタイアが予想される中で、これらを解消するものとして俄然、注目されているのが「スマート農業」。

機械のロボット化やドローンを使った無人農作業、ビッグデーターの活用により、これまで経験に頼っていた営農のデジタル化。これで一日24時間、365日の作業が可能に。後継者難、人手不足、重労働からの解放、経験の継承、楽しい農業・・・。BS放送などで、その一端を示す映像など見てもいいですね、

幼い頃、父親や母親の日曜農業の手伝いをし、土になじみ、朝鮮に来ても、土いじりを趣味にするなど農業に関心のある私としては、「スマート農業」が「日本の農業」を支え発展させるものになることを願ってやみません。

「デジタル農業」でデメリットとされるものの一つが「野菜の食味」だとか。温室栽培では、そこが難しいようです。そういう意味では、シャベルとクワの旧い農作業も捨てたがたいと力が入ります。

春の息吹

若林佐喜子 2021年4月5日

ピンクのつつじに杏の花、黄色いれんぎょうとタンポポなどが一斉に花開いた日本人村です。先日は、春の日射しに刺激を受け、わが家のベランダ掃除と窓ふきをしました。ベランダの鉢植えの枯れたトマトの苗木を捨てたり、水をまきブラシでこすり綺麗さっぱりに。窓ガラスも積もった埃をふき払ってすっきりです。朝から夕方まで動きまわりちょっと疲れましたが、冬の間に縮こまっていた身体が解きほぐされ心身ともにリフレッシュ、そんな気分の一日でした。

さて、朝鮮ですが、ピョンヤン市一万世帯住宅建設の話題でもちきりです。

先月の23日に、その着工式がありました。地熱や太陽エネルギーを利用したグリーン建築や超高層住宅などが建ち並ぶ近代的な建設見取り図。不当な経済制裁、昨年は過酷な自然災害に見舞われ、さらにコロナ禍対応での非常防疫体制と大変厳しい状況下ですが、自分式に自分の力で、自分の手であらゆるものを建設、創造していく攻撃精神、正面突破戦ということです。

5年前に建造された黎明街が約5千世帯ですので、それよりもかなり膨大な建設になるようです。着工式で発破とともに掘削機が動き出し、その後、テレビで毎日、建設現場の様子が伝えられています。建設を主に担当する人民軍隊をはじめ、セメントや鉄鋼などの建設資材を受けもつ工場や各企業所も技術革新とフル稼働で、皆やる気満々な様子。

春の息吹の中、新しい街ができる市民達の喜びと力強い躍動感が伝わってくる4月のピョンヤン、朝鮮です。

黄砂が来た

小西隆裕 2021年3月20日

3月15日夜、「黄砂が来るので、今日の夜12時から明日の夜12時まで、外に出ず、家に籠もっていてもらいたい」との連絡が入った。

それで、皆それぞれ思い思いだが、私は、パソコンを家に持ち込み、16日一日中、日本からPDFで送ってもらった本を読んで過ごした。「村」の食堂に行くこともできないので、昼食、夕食も自炊。

黄砂に乗って、コロナが飛んでくるからということだったが、それにしてもこの徹底ぶりがあっての「コロナ感染ゼロ」なのだと改めて感心した。

「うざったかった」、でも「なつかしい僕の町」

若林盛亮 2021年3月20日

     
1月の「よど号LIFE」、「父親の記憶」で私が触れたBS深夜番組「For You-静かな夜のSong Book」、3月は「HOME」をテーマの名曲を取り上げた。

故郷への様々な想いを歌った世界の名曲がわかりやすい日本語意訳詩で紹介される。

80年代に世界的にヒットした名曲「カウントリーロード」のような「故郷に帰りたい」的に純粋に故郷を愛し懐かしむ歌もあるが、故郷への愛憎の入り混じる歌もけっこう多い。

「これは」! と思ったのが「Dirty Old Town」、薄汚れた古い故郷の街を歌ったものだ。

アイルランドか英国北部から出てきたような古い民族楽器主体の地味なバンドThe Pogues、ヴォーカルはいかにも「あんちゃん」風、ケンカで折られたような前歯をむき出して歌う。

でもその素朴なメロディーと歌詞にはとても味わい深いものがあった。

歌詞を全部載せたいところだが、このバンドとメロディの独特な雰囲気がわからないと感じがわからないだろう。だから要約させていただく。

「ガス田跡で巡り会った女の子と運河を眺め夢を語り合った」に始まる彼らの街、そこは「猫は餌を探して通りを行く、女は夜の街に立ち続ける」古くて不潔な街、「春を匂わす風は煙りだらけ」、そんなすたれ、くたびれた街。そんな街に彼らはこう吐き捨てる。

切れ味鋭いオノを作ろう

火炎で鋼に焼きを入れて

枯れ木のように切り倒す

オノで切り倒したいような街、それが彼らの「Dirty Old Town」。

でも最後の歌詞は、「ガス田跡で巡り会った女の子と運河を眺めながら夢を語りあった」という最初の歌詞に戻りながら、そんな街でも「なつかしい俺たちの街」なんだよと締めている。

私にもこれに似た故郷の町への複雑な想いがある。

私の故郷、草津は東海道と中山道の合流点にある宿場町、別に汚れてすたれていたわけではないし、オノで切り倒すなんて考えたわけではないけれど・・・

高3の頃、ビートルズ風の長髪にした。体育教師は「女の子の授業はあっちだ」と言った。それから母校は「うざったい」ものになった。休憩時間にも旺文社の受験用英単語集暗記に熱中する級友らを「アホか」とあざけった。

ビートルズ「同志」と夜の町を延々と「夢を語り」歩いた。「高校生の異性交際」? 町には大人の好奇の目があった。ただビートルズの話をしてるだけなのに・・・。それから故郷の町は「うざったい」ものになった。町の中学の同級会もうんざり、私は誘いを断った。

時は流れ私は赤軍派に参加。ハイジャック決行のはずが「遅刻者」があって計画はいったん中止、福岡から東京に再び戻る電車が私の故郷の町、草津駅を通過した。そのとき姉とよく通った映画館の屋根がちらっと見えた。切なさがこみ上げてきて涙を干すために顔を上に向けた、「草津よありがとう、さようなら なつかしい僕の町・・・」と心はつぶやいていた。

「うざったい」故郷の町が「なつかしい僕の町」になった不思議な体験だった。
百人には「百の故郷の想い」があることだろう。
故郷の同窓もひとりふたりとこの世を去っていく、でもいま残った同窓とメールで「故郷」を語り合える。やはり草津は「なつかしい僕の町」なのだろう。

春の芽生え

魚本公博 2021年3月20日

          
厳しい冬も去り、めっきり春めいてきました。野山のあちこちでは野草が芽吹き始めましたが最初に芽吹くのがナズナ。日本でも七草粥で食す習慣がありますが、朝鮮でもよく食べられ、食堂ではみそ汁の具や味噌で根を煮込んだものが出されます。体にもよさそうで、ちょっと苦みがありますが中々の美味です。

そして、これからは蕗の薹やアスパラが芽吹きます。これらは昨年、作付けを広げたので楽しみです。その他、ハコベ、イラクサ、カンゾウ、スッパ、ヨモギなども芽吹いてきます。春の野草や芽は何でも食べられ体によいといいますが、休日には握り飯と味噌を用意して野外で野草食というのが私の密かな楽しみ、美味いですよ。

日本は、コロナ禍が収まる気配を見せず、大変な状況。春と言ってもまだまだ寒い、芽吹き始めた野草を見ながらそうした思いにとらわれるこの頃ですが野草にも目を向けて免疫力増強で行きましょう。

よど農場もお目覚め頃

森順子 2021年3月20日

         
テドン江の氷も溶け、キジやエゾリスも姿を見せ村の光景も春を迎えたという感じです。

さて、そろそろ、よど農場の土壌も温かい陽で目覚めるころです。

今年も昨年のように皆の一致した意向のもと、いつから耕し種まきをするのかは、作業班長さんがこれから計画をたてることになっています。毎年、笑顔と癒しと豊富な実りをもたらしてくれるよど農場は、生活的にも精神衛生的にも私たちにとって大切な場所です。

去年は20種類以上の野菜類があったので今年はそれ以上にしたいですが、まず自分が心を込めた労働をしなければ。そして何よりも、昨年、朝鮮を襲った洪水や台風の被害に見舞われないことを願い、今年の夏はよど農場も朝鮮の農業も豊作にしたいです。

真水と真心

小西隆裕 2021年3月5日

年をとるといろいろなことが思い起こされ、若い頃には考えもしなかった生活の真理のようなものが見えてくるものだ。

そこで今回は、「真心」の一節。

真水とは混じり気のない水だ。

純粋な水に何も他のものが混じっていない、そういう水だということだ。

では、真心とは?混じり気のない純粋な心とは何か?

そもそも純粋な心、純心とは何か?

水の場合は、「H2O」ということで一応説明はつくが、心となると簡単でない。

そこで思い至るのは、心とはもともと良いものだと思われていたということだ。

純粋に他人のこと、皆のこと、公のことを思う心、それが心だということではないか。

そこに自分個人の利益を図る考えが混じると真心ではないということになる。

そこで思うのは、今の世の中、自分の利益を図るのは、人間として当たり前だと考えられているということだ。

実際、人が何かすると、その人の利害関係から考えるのが当たり前になっている。

すなわち、真心という概念自体がこの世からなくなっているということだ。

では、この世に真心というものが全くなくなってしまったのかというと、そうではないと思う。

今日、時代の転換が言われているが、そこでもっとも切実に問われていることの一つがこの真心ではないかと思う。

特にそれは、政治の世界で問われているのではないか。

政治不信が一般的な社会現象となる中、政治家にもっとも問われているのは、この真心だと思う。

真心という概念の復活、時代の転換を切り開く政治家、革命家がもっとも心すべきことではないだろうか。

毎日の生活で、自らを戒めながら。

ピョンヤンの理髪師―「今日は春風にしてみました」に込められた職人芸

若林盛亮 2021年3月5日

最近、床屋は新しい店に行くことにした。安くてサービスがいいからだ。外国人もよく行く店だが、高級店なら千円以上はとられるが、そこは400円そこそこというのも魅力。でもいちばんの魅力はその店の理髪師のプロ魂、職人芸術。

若い頃は床屋いらずのロングヘアーが自慢だった私の髪型もいまはスポーツマン・タイプの短髪スタイル。白髪が目立つようになってからは「年寄り臭くみえないように」というスケベ根性もあって、短髪がけっこう気に入っている。最初の頃は息子から「似合わないよ」と言われたが、いまはすっかり古希過ぎ爺「若林君」の顔になった。

話をピョンヤンの理髪師に戻そう。

2月も終わる先日の土曜日に店に行ったら馴染みの理髪師に「ずいぶん伸びてしまいましたねえ」と言われた。「この前は冬だから寒くないようにちょっと長めに刈り揃えましたからね」と仰せになったが、自分ではそんな細かいことに気づかなかった。

「もう春だから今日は少し短めにしましょう」と彼女は仕事にとりかかった。仕事は実に丁寧でいちいちハサミで刈り込んでくれる。前の店では理髪師がバリカンで一挙に「芝刈り」風にやったので、「ハサミじゃ手間がかかるよね」と冗談紛れに話しかけた。するとそれへの答えぶりがとてもふるったものだった。

「同じ服でも工場の機械でつくった既製服より、人の手で縫い込んだオーダーメイドの方が自分の身体にフィットするでしょ」、だから自分はその人の頭と顔の形に合うように微妙な違いをハサミで創り出すのだと。

この女性理髪師の何気ない仕事ぶりにこんなプロ魂が宿っていたのだ! 

マッサージもやってくれるが、これも実に手の込んだものだとわかった。

仕上がりを鏡で見せて「どうですか? 額のシワが伸びたでしょ?」と。なるほど若返った感じがする。それで「どんなクリームを使うの? 自分でもやってみようかな」と訊いたら、またその答えがふるっていた。

「私のようなスベスベの手でやるからいいんであって、貴方のようなごつごつの手では逆効果になりますよ」と言いながら、だから毎日、私のところに来れば10歳以上は若返らせてあげます! とのたまった。

彼女には初級中学校(日本なら小学校高学年)の息子もいて夫と一緒に自分が刈ってやるのだそうだ。「そりゃ自分の旦那と息子、他人との違いを見せたいからね」と仰しゃった。

いやいやこのピョンヤンの理髪師、そんじょそこらのとは違うプロだ。前にも書いたメガネ職人といい、自分の仕事にプロの意地をかける姿は清々しいものだ。

私は春の風を頭に感じながら気分爽快に店を出た。

味噌玉

赤木志郎 2021年3月5日

          

大豆から作る味噌は栄養価もありながら、味噌汁として日本人には欠かせない。そのなかでも味噌玉の味噌がとりわけ美味しい。そのまま舐めても香ばしいし、味噌汁にすれば極上の味だ。手作りの味噌玉を作って軒下に干していた食堂のオモニがいて、その味噌が美味しかったのを想い出す。

今や、商店でその味噌玉の味噌が売り出されるようになっている。数年前から市場で売り出されていたそうだが、私は知らなかった。私が手にしたのは商店できれいに包装されたものだ。

味噌玉の味噌には、味噌と唐辛子味噌の2種類があり、唐辛子味噌でも唐辛子に苦手な私でも舐めることができる美味しいものだ。この味噌をご飯にかけ、ネギとソーセジーをみじん切りにしてかき混ぜて食べても絶品だ。で、もっぱら味噌玉の味噌を愛用している。

先月は、旧正月が3日間休みなど祭日の多い月で自炊する時が多かった。それで、味噌玉を使った味噌汁や好みのユッケジャン(肉汁)などを作った。連休なので一度で3食分をつくり、連続して食べることになる。味噌汁やユッケジャンは連続して頂いても食欲が湧き、飽きない。ところが、いくら好きなカレーでも3食連続となるとさすが厭になってくる。味噌玉の味噌汁やユッケジャンの味わいがそれだけ深いからなのか、日本人や朝鮮人の体質にあっているからなのか。

 食品革命で他にも飲む酢や銀杏の葉のお茶、鉄観音などがでているが、また新しい商品がでるのか、楽しみだ。

遺産

魚本公博 2021年3月5日

2月21日に行われた大分市議会選挙。定数44の内、自民の現職3人が落選した反面社民は現職4人が当選。それも上位5人の内の3人を占めるなど健闘。「大分は社民の牙城、その存在感を示した」などの解説を見ながら、嬉しい気持ちになりました。

それというのも、大分は社民の前身・旧社会党の地盤が強かった県で、50年代60年代の平松郁(かおる)社会党県政の時代は私の少年時代とダブルからです。

私の故郷は別府ですが、その中でも当時は農村地帯だった石垣の出身。地域の中心は農協。農協主催の旅行や野球大会、展覧会(習字、絵画)などが催され、貯金は農協貯金、家電は農協マーク。私の家で最初に買ったテレビも農協マークの入ったテレビでした。

農協はほとんどが自民党の支持基盤になるわけですが農民運動の盛んだった大分や東北などでは社会党色が強かったと聞きますし、石垣農協もそんな感じだったと思います。

石垣では、成人学校、母親教室、料理教室なども催されていました。それとナトコ映画。別府の野菜供給基地だった石垣にはセリ市が5カ所もあり(30m四方ほどをトタン屋根で覆ったもの)、そこでしばしば無料で上映されていた巡回映画がナトコ映画。社会派映画が多くて「沖縄の少年」「警察物語」「生きていて良かった」とか「力道山物語」も観ました。(ナトコ映画、手持ちの辞書で調べても分かりません、どなたか教えていただければ幸いです)

これをもって社会党県政だったからと言うのは合わないかもしれませんが、少なくとも進歩的で共同体的な気運が強かったことは確かです。そうした「和気あいあい」とした共同体的な体験。私が今でも地方問題に興味があるのも、そうした時代、そうした田舎で幼少時代を過ごしたことが原点としてあるからかもしれません。

大分の社民も立憲民主党への合流を決め、これが社民としての最後の選挙。「どうしても社民に投票したくて」とか「(立憲に合流しても)ずっと社民で頑張って欲しい」という声もあったとか。何かそうした時代の遺産という感じがします。社民の皆さんも、この「遺産」を今に生かすという気持ちで頑張ってほしいです。

今日は、ひな祭り

若林佐喜子 2021年3月5日


テドン江の氷もすっかり解け、柳の木も黄色く色づきもうじき芽吹きそうです。

先日は、日本の新聞の「メイクに涙した79歳のばあば」という記事に、ついほっこり。コロナ禍で外出もままならい中、同居の「ばあば」に、口紅から、ファンデーションとフルメイクをしてあげると、鏡を見つめて涙を流し、「生まれてきてくれてありがとう」と言ってくれたとの20歳のAさんの投書。彼女の両親は共働きで幼いときから祖母が面倒をみてくれたそうです。きっと彼女の感謝の気持ちが祖母に伝わり、幼いころからの姿が目に浮かび思わず言葉に出たのでしょうか。

数年前から、「生まれてきてくれてありがとう」「生んでくれてありがとう」と言う言葉が人々の口にされるようになったと聞きます。日常生活で、より「命」の尊さに気づかされる出来事が多い中で、「尊い命」が繋がれていくことの大切さを実感する日々なのだと思います。

コロナ禍で大変な毎日で心が沈みがちです。でも、このような時だからこそ「尊い命」らの健やかな成長を願い、しっかりお祝いをしてあげたいと切に思わずにはいられない3月3日、今年のひな祭りです。

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