アジアの内の日本 2020年1月号

文在寅大統領の「新年の辞」“南北協力増進”をどう読むか

若林盛亮 2020年1月20日

「(今は)朝鮮半島の平和のための忍苦の時間です。・・・私たちにとって朝鮮半島の平和は、選択の問題ではなく、どんな困難をも乗り越えて必ず行かなければならない道です。」

これは文在寅大統領の「新年の辞」の一節だが、これを朝鮮半島の地殻変動を新たな次元で進めていこうとの意思表明だと言うと多くの人は笑うかも知れない。日本の多くの識者も米朝対話膠着の今、実現不可能な戯言と見ている。果たしてそうだろうか?

文大統領は、これまでは米朝対話が本格化した条件で、南北双方が米朝対話を先立たせたこと、それは米朝対話が成功すれば、南北協力の扉がより早く、より大きく開かれると期待していたからだと語りながら、次のように続けた。

「しかし、米朝対話が膠着する中で、・・・南北協力をより一層増進させることのできる現実的な方策を模索する必要性がますます切実になっています。」

すなわち米朝対話膠着の今、南北朝鮮が主体となり、南北朝鮮が主導となって推進していくべき時期、「新しい道」を開くべき時だと宣言したのだ。

その理由を文大統領は、「 南と北は、・・・共に生きていくべき『生命共同体』」だからだと言い切った。

「生命共同体」とは、南北朝鮮は民族という一つの生命で結ばれた「運命共同体」、朝鮮半島問題の当事者、主体は南北朝鮮であり、米国という「外」は従、主導は南北朝鮮

「内」であるということを言いたいのだろう。

文大統領は「現実的な方策」として、南北間の鉄道と道路連結事業、開城工業団地と金剛山観光再開のための努力、「非武装地帯の国際平和地帯化」とその「ユネスコ世界遺産」共同登録、「東京オリンピック」共同入場と単一チーム実現そして「2032年オリンピックの南北共同開催」などの具体的提案を行った。

この文大統領の「新年の辞」に対し、駐韓米大使は「“北朝鮮の非核化“に一言も触れていない」と外交儀礼に反する批判談話を発表、米国務省も「非核化なしの南北交流促進」に対し同様の不快感を表明した。

一方、「北」はどうか?

昨年末の朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会では「米国の本心」を「対話と協商の看板を掲げ・・・制裁を維持しわれわれの力を漸次、消耗弱化させようということだ」と烙印を押し、ゆえに朝米間の膠着状態は長期性を帯びる、だから「自力更生と制裁との対決構図」になるとの前提に立ち、内部の力の強化、自力更生で制裁を無力化する「正面突破戦」という「新しい道」を選択、決定した。

「北」では、社会主義経済建設で「外」の制裁を「内」の力で正面突破するということだが、おそらく南北の敵対から和解、統一も内部の力、「わが民族同士」でやるという基本路線推進をさらに強めるということだろう。

新年は、「アジアの内」の力が朝鮮半島の地殻変動を大きく動かす! 

皆さんと共に注視したい。

武藤元駐韓大使の嘆き

赤木志郎 2020年1月20日

武藤正敏氏は元駐韓大使として日韓関係、韓国問題についての常連のコメンテーターとなっている。その武藤氏が、今年に入って文在寅大統領の「暴走」で、 いよいよ韓国が「レッドチーム入り」(共産圏入り?)の危険があると「警鐘」を鳴らしている(「現代ビジネス」より)。二月に元徴用工賠償判決の執行で日本企業の資産が現金化され、日韓関係は更に悪化するそうだ。そして、4月国会議員選挙で韓国で左派政権が長期化し、これまでの日米韓同盟が崩壊すると、嘆いている。

結局、武藤氏の主張は、これまで同様に反共を掲げ、朝鮮民族の分断をそのままにした上で、日米韓が朝鮮との敵対関係を維持すべきだという話にしか聞こえない。左か右か、その区別でしか考えられないようだ。

しかし、2年前の平昌冬季オリンピックの時に南北の統一機運が高り、朝米首脳会談、南北首脳会談をつうじて、軍事分界線をはさんでの敵対関係はほとんどなくなったではないか。これら南北融合と平和への動きにたいし、武藤氏は「だめだ。だめだ」と一貫して水をさしてきた。

南北融合と協力の動きは、朝鮮民衆の民族統一の願いを原動力としている。左か右か、社会主義か資本主義かというイデオロギーを基準として見れば、理解することができない。 だから、文政権が民族主義を鼓舞していると非難し、文「左派政権」を支持する民衆を愚弄し、数日前のTV対談の最後に「目覚めよ、韓国人」という色紙まで掲げた。民族の要求を見ることが出来ず、民衆を馬鹿にする限り、時代の流れから取り残されるだけだと思う。

政府の「ロスジェネ世代」対策は、やっぱりミスマッチ!―当事者参加、当事者主体の新しい政治が求められている―

若林佐喜子 2020年1月20日

前回、政府のロスジェネ世代対策のミスマッチを取り上げたが、今回も。

政府は昨年6月、経済財政諮問会議で「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の原案を公表した。その目玉が、ロスジェネ世代への支援プログラムで、今後3年間で正規雇用者を30万人増やすことを目標に掲げ、計650億円を計上。

しかし、昨年の12月段階で、ロスジェネ世代対象という限定枠を設けての募集方法で公務員の採用募集に殺到現象が生じたが、民間募集には今ひとつという「求人」と「救職」のマッチング問題が露呈した。

今回は、昨年の12月10日、当事者と支援者から政府の正規雇用者30万人増の目標を掲げる支援プログラムに対する、意見、要請書が内閣府の担当者に手渡されたことについて触れたい。

手渡しに参加した、ロスジェネ世代の当事者Fさん(42歳)は、就職活動で70社にアプローチするが駄目で心が折れてしまった。大学卒業後、アルバイトを転々とするが、うつ病を患いしばらくひきこもりに。現在は、1日9500円の日雇いの仕事に月何度か就きながら社会復帰を目指す状況で、年齢や体調から正規雇用は考えられないとのこと。

支援に取り組むNPO法人育て上げネットの理事長(42)は、政府の支援プログラムは目標に正規雇用30万人増と掲げるように、基本的な設計が雇用政策である。しかし、ロスジェネ世代の現実は、病気や精神的不調などですぐに働きたくても働けない人たちが多く存在する。この人達の居場所つくり、社会とつながれるための支援、本人が努力してもできない場合、所得が少なくても困窮せずに生きていける仕組みつくりなどが、早急に求められていると訴える。

1993年から2004年頃の就職氷河期世代(ロスジェネ世代)は、約1700万人。非正規雇用317万人、フリーターが52万人、職探しをしてない人40万人。(読売、1/16)という統計がでているが、政府には、身も心もボロボロにされ、働きたくても働けない彼らの存在は自己責任で支援対象にはならないのだろう。

Fさんらは、その日、担当者に要請書を手渡し、「最低賃金に代わる最低保証所得の導入」など5項目を求めたそうだ。

このように、当事者参加の政治、当事者主体の新しい政治が、今、切に求められているのではないだろうか?

朝米「決裂」。東北アジアの地殻変動・新段階を展望する

小西隆裕 2020年1月5日

朝鮮が「重大決定」の発表を予告した労働党中央委総会が、昨年12月28日から31日の日程で行われた。

「決定」は、金正恩党委員長の7時間に及ぶ報告自体だったと言うことができる。

それは、一言で言って、「朝鮮の前進を妨げるすべての難関を正面突破戦で突き破って進もう」という呼びかけだったと言える。

すなわち、この間2年近くに渡って行われてきた朝米交渉は破棄されたということだ。

では、朝米の「対話」によって生み出されてきた地殻変動、「戦争と敵対から平和と繁栄へ」の時代的転換も停滞、逆戻りになってしまうのか。

そうはならないのではないかと思う。

なぜなら、この間、米国との「対話」の方法で推し進められてきた地殻変動が、これからは、「正面突破戦」の方法で推し進められていくようになるだけからだ。

すなわち、2年前の朝米交渉が南北朝鮮主動で始まったように、これまでもこれからも、地殻変動を起こしてゆく主体は、米国ではなく、どこまでも南北朝鮮だからだということだ。

自力による社会主義強国建設の推進、アジアなど世界各国との積極的な外交戦、等々、朝鮮の正面突破戦により、米国の策動によって滞っていた地殻変動は、一段と促進されるようになるのではないだろうか。

もちろん、それが一定の緊張激化をともなうのは不可避だろう。

だが、それが2年前への逆戻りになるには、朝鮮も、韓国も、南北間の関係も、アジアや世界、それと南北朝鮮との関係も、さらには、米国による覇権の力も、あまりにも大きく変わってしまっているのではないかと思う。

もう一つの原点を思い起こせ

魚本公博 2020年1月5日

昨年は米国覇権凋落著しい1年だった。そういう中で日本はどう生きるのか。そのヒントになるのが、米国防総省が昨年、策定した「インド太平洋戦略」に対するASEANの対応。ASEANは、これに対して、インド太平洋地域を「対抗ではなく協力と対話の場」と位置づけ、ASEANが主導して地域協力を進めるという「インド太平洋構想」を採択した。

米国のインド太平洋戦略とは、中国の一帯一路路線に対抗し、この地域で米国があくまでも覇権的地位を維持するためのもの。そのために中国との対抗姿勢を示しながら各国にどちらに付くのかと迫り、それによって反中国陣営を形成しようということだ。

米国の魂胆は丸見えである。これに対し「対抗の場」にせず、米中を巻き込んだ「協力と対話の場にする」という主導的な立場の表明。米国が「インド太平洋戦略」を発表するや何の定見もなく諸手を挙げて賛意を表明した日本政府とは大違いの対応である。

ASEANのこうした対応は、今後10年以内にGDPで日本を抜くと予想されるほどの経済発展の実績に裏打ちされている。かつてASEANは、ASEAN+3(日中韓)の東アジア経済圏構想を提唱した。それが当時、アジアでダントツの経済大国であった日本の消極的態度(米国の妨害)で進まないと見るや、ASEAN経済協力体を結成し域内での経済協力を進めた。その特徴は、主権尊重を根本原則にした協力。EUが「主権制限」を標榜し、それによって混乱と困難に直面している現状をみれば、そのやり方こそ「成功」の秘訣ということなのだ。

ASEANのこの原則的立場の強さには歴史的土台がある。1955年、東西冷戦の最中、アジア・アフリカ諸国はインドネシアのバンドンに会し、東西どちらにも属さない反覇権の立場を表明し、主権尊重を根本原則とし、国家の平等、大国中心の集団防衛体制反対、内政不干渉、紛争の平和的解決、正義と国際義務尊重などの「平和10原則」を採択した。ASEAN諸国は、この理念を継承した東南アジア協力友好条約(TAC)を結んでおり、彼らにとって「主権尊重」は絶対に譲れない根本原則なのである。

米国覇権が衰退・崩壊する中で、世界的に「新しい政治」の波が沸き起こっている。今はまだ混沌とした状況なのも事実だが、その混沌さの中に見えるもの、それは反覇権の「主権尊重、それを原則にした協力」、これではないだろうか。どんな小国にも主権があり、それを尊重し共に進む。それは国内的には、どんな地方にも、どんな人間にも自主権があり、それを尊重して共に進むということでもある。こうした中で、日本が旧態依然として米国の言うことには頭から賛成し従うというのは余りにも時代遅れであり、そこに日本の明日はない。

実は日本は、バンドン会議の正式参加国。戦後間もない時期、国連にも入れなかった日本に「共に生きよう」と手をさし伸べてくれたアジア。そこに活路を見いだし、かつて侵略したアジアに辞を低くして向き合い「アジアの内の日本」たらんとした時もあったのだ。今年はバンドン会議65周年。この筋目の年に、「アジアの内の日本」として生きようとした、戦後日本のもう一つの原点を思い起こすことが問われているのではないだろうか。

教員の働き方改革を考える

森順子 2020年1月5日

教員の働き方改革を目的とした「変形労働時間制」を盛り込んだ改正法が成立した。業務量が増え続けている学校の先生は休暇をとりづらいから、まとめどりを法的に裏付け休暇取得の推進で先生の負担軽減を、ということだ。しかし中身は、自治体の判断で可能になるということだから、自治体まかせのかけ声だけだといえる。

休日が増えても休日出勤になりえず、「変形労働時間制」を導入しても残業時間は実質的に減らないという教育現場の声。また、業務量が多く多忙のため授業準備時間がとれないと言う教員の声。そして実際に、教員の教材研究時間の保障は日本が世界の最下位だという。

ここから言えることは、日本の先生たちは、先生として教育に専念し集中する時間がないこと、すなわち、先生が先生として働く時間が保障されていないことを一番の問題にすべきではないのか。

萩生田文科相は、「教員は崇高な使命をもつ。普通の地方公務員とは違う役割を果たしている」と言っているが、その通りだ。

教員は教育の実践者であり、日本の次世代教育の担い手も教員だ。しかし、教員が教育のために使う時間さえ保障されず教員として大切にされない環境では、教員としての役割も果たせないだけでなく、教育の質も落ちるようになり国の発展さえも望めないようになるだろう。

教員の働き方改革の実施は、あくまで教育現場の主体、当事者である教員の実態と要求に基く当事者主体、当事者第一の改革であるべきだ。