【今月の視点】歴史の大きな岐路に立って

小西隆裕

150年前、欧米覇権が「黒船」に乗って押し寄せてきた。今は、アジアと世界の民意の奔流だ。これにどう対するか。それが問われていると思う。

■国益、主権、民意第一の奔流とトランプ暴流
今、世界は、国と民族を否定したグローバリズムの時代とは大きく変わった。自国の国益第一、主権第一の民意の奔流が世界を席巻している。

その勢いは、今年になっても収まっていない。イタリア、マレーシア、メキシコでの圧勝。シリアではアサド政権の勝利が確定的だ。だが、事は簡単ではない。と同時に顕著なのが今の時代を「エゴ」「独裁」「ポピュリズム」等々と見る声の高まりだ。国益はエゴ、主権は独裁、民意の進出はポピュリズム。その代表選手が米大統領、トランプだ。

しかし、考えても見よう。広範な国民大衆が自分の国の国益を第一にし、その主権を守るのは間違ったことなのか。そして、それとトランプの言う「アメリカ・ファースト」は同じものなのか。

はっきりしているのは、両者は似て非なる別物だということだ。トランプの「アメリカ・ファースト」、それは、自国の国益を他国に押しつけ、世界の利益に背反する、国益ならぬ「エゴ」であり、世界各国の主権の上に君臨する、主権ならぬ「覇権」、民意に応えるのではなく、民意を利用する、「ポピュリズム」・独裁だ。

この二つを一緒くたにして、現代を「エゴの時代」「独裁の時代」「ポピュリズムの時代」などと言うのは間違っていると思う。

両者は明らかに同じではない。それどころか、対立している。国益か米国のエゴか、主権か米覇権か、民意か「ポピュリズム」・独裁か。言い換えれば、国益、主権、民意第一か、「アメリカ・ファースト」かの対立だと言うことができる。

■東北アジアに生まれた歴史の新時代
「南北」「朝米」、そして三度にわたる「朝中」、さらには「韓ロ」など、連続的にもたれた首脳会談。南北朝鮮を震源に、今年、東北アジアに起きた史上かつて無かった異変をどう見るか。

「制裁効果」、やはり米国主導だ。いや、中国だ。立て続け三度の金正恩訪中。中国が後ろで糸を引いている。結局、最後はロシアでは?

百出する論議。そこで瞭然なのは、どれもが「大国中心」だということだ。小国、南北朝鮮は、どこまでも動かされる対象でしかない。

だが、果たしてそうか。今回、仕掛けたのが南北朝鮮なのは明らかだ。それに、トランプが言う「制裁効果」は本当なのか。史上希に見る極限的封鎖と圧力。それにもかかわらず、「効果」は限定的だったようだ。「北」の経済は、逆に成長しているではないか。

では、南北はなぜ何のために今回の仕掛けを行ったのか。あの「板門店宣言」では、「平和と繁栄、統一」という南北共通の国益と民意が唱われた。

だが、わが日本では、南北朝鮮の意思など問題にされない。あくまで大国、特に米国の意思こそが問題だ。米国の意思は、「北」の「非核化」に決まっている。だが、トランプの対応はなぜかいい加減だ。「共同声明」には、CVID(完全かつ検証可能、不可逆的非核化)という文言さえ盛り込まれなかった。直近では、その用語の使用禁止令まで出されたようだ。

そこで考慮すべきことがある。このところ、WTOやNATOなど、従来の制度や慣例をことごとく否定して行くトランプの言動だ。そこには、戦争と敵対から平和と友好、繁栄へ、朝鮮半島、東北アジアの時代的転換を強調するトランプの主張と軌を一にするものがあるのではないか。

ということは、南北朝鮮の仕掛けも、所詮、米国の手の平の上だったということか。だが、見方を変えれば逆になる。南北にとって、それも織り込み済み、米国が仕掛けに応じてくると読んでいたということだ。そこで留意すべきことがある。南北朝鮮による中国やロシアへの働きかけだ。この成算十分な外交が米覇権への大きな牽制になるのを忘れてはならないだろう。

歴史発展の一つの必然として進行する東北アジアの新時代をこうした構図からとらえる必要性は、今、一層高まっていると思う。

■米覇権新戦略の「モデル」としての日本
平和と友好、繁栄の東北アジア新時代にあって、日本の姿が見えない。「蚊帳の外」。日本には声がかけられていない。理由は簡単。日本なしでも事は足りるということだ。

実際、今、日本は「アメリカ・ファースト」の陰に隠れている。「米国の国益が日本の国益」と言う安倍首相の言質はその何よりの証だ。

いや、言葉だけではない。日米の現実自体がそうなっている。軍事が米覇権軍事を補完するものになって久しい。経済もそうだ。この間、日本経済は急速に米国経済と融合しそこに組み込まれてきている。そればかりか、社会のあり方まで、地方・地域、教育、社会保障、等々、日本のアメリカ化が深刻な段階に入っている。

これは、「アメリカ・ファースト」の米覇権新戦略にとって、とりわけ、東北アジア新時代に臨む米国にとって、大きな意味を持っている。

「アメリカ・ファースト」による覇権放棄ならぬ新しい覇権。それは、全世界をアメリカ化する覇権であり、そのため、東北アジアを、とりわけ朝鮮をアメリカ化する覇権だ。
そのために、日本のアメリカ化は決定的だ。日本は、米覇権新戦略のための「モデル」であり、「拠点」だと言える

朝鮮の「改革開放」、アメリカ化のため、日本の経済力を動員する意味は小さくない。トランプが日朝関係の改善、そのための拉致問題の早期解決に関心を払うのも分かるというものだ。

■全世界のアメリカ化か自主化か
国と民族そのものを否定するグローバリズムによる覇権は、国と民族を抑え、その上に君臨する覇権としては、この上ない究極のものだった。

だが、国と民族という人々の基本集団、基本単位の否定は、人間生活のすべてでその矛盾を露呈した。経済停滞や反テロ戦争の泥沼化と数千万難民の出現、世界に燃え広がった反グローバリズム、自国第一主義の炎は必然だった。

究極の覇権、グローバリズム覇権の破綻を受け強行されているトランプ政治、世界の警察官をやめると宣言したこの政治は、よく言われるように覇権を放棄したものなのだろうか。
どうやらそうではないようだ。事実、トランプによる「アメリカ・ファースト」は、相手国の「ファースト(国益第一)」を認めながら、二国間の「ディール(取り引き)」で米国の国益を押しつけて行く「ファースト覇権」とも言えるものだ。

覇権とファースト、この露骨であからさまな矛盾を押し通す鍵はただ一つ、米国の国益を相手国の国益にする以外にない。

そんな魔術はどうすれば可能か。トランプのディールの腕前一つではとてもかなわない。そこで米国が頼みにするのが、核とハイテクで世界を脅し、宇宙空間から睨みをきかせる軍事力、そして、カネとITネット網、豊富なノウハウで各国経済の対米融合と依存を促す米系外資を押し立てての経済力だ。この軍事、経済の覇権力に基づいて追求されるもの、それこそが全世界のアメリカ化だ。ここにまさに、米国の国益を各国の国益にする魔術の秘訣があるのではないだろうか。

その先頭に立たされ、「モデル」「拠点」にされているのがわが日本だ。そこで問題となるのは何か。それは当然のことながら、それが日本と日本国民にとってどうなのかということだ。

今、日本には国論を二分するような論議も、そのための基準もない。しかし、それが生まれる条件は充ち満ちてきているように思える。それは、何が真のファースト、国益第一なのか、主権第一、民意第一に考えることではないだろうか。

今、世界は動いている。東北アジアでも、欧州、アジア、中南米でも。そこで追求されている自国の国益第一は、「エゴ」ではない。各国の主権、民意の要求であり、米覇権に反対する地域、周辺諸国共同の要求、世界共同の要求だ。

最早、覇権国家が世界を動かす時代は過ぎ去った。国々が世界で地域で、様々な形で結束し共同して、「ディール」(各個撃破)による「アメリカ・ファースト」の押しつけをはね除け、自国の国益第一に、それを実現していく時代だ。

欧米覇権が黒船で押し寄せ、日本を脱亜入欧させてから150年。今、日本に押し寄せてきているのは、アジアと世界の脱覇権自主の新時代、とりわけ、東北アジア新時代だ。全世界のアメリカ化か自主化か、どちらの先頭に立つのか、日本にはその選択が問われていると思う。