よど号LIFE 2020年6月号

「コロナ」禍からの予感

小西隆裕 2020年6月20日

「コロナ」禍の中、「疫病史観」とも言えるものが広がっている。

疫病の世界的大流行が歴史を変えるということだ。

14世紀のペストの大流行、そして1918年から21年にかけてのスペイン風邪。

前者により、欧州の人口が4分の1から3分の1減って、荘園の崩壊、カトリック教会の権威の失墜など、中世から近代への引き金が引かれ、

全世界5000万の死者が出た後者によって、折からのロシア革命と相俟って、第一次大戦の終息が早められたと言う。

そして今、新型コロナウイルス禍。

これらを見ていて分かるのは、当然のことながら、歴史を変えるのは細菌やウイルスそれ自体ではないということだ。

どこまでも人間、それも人間の意識の変化が変えるということだ。

ペストが中世を支配した宗教的な封建意識の転換を促したとすれば、スペイン風邪は、戦争どころではないという意識を生み出した。

では、新型コロナウイルスはどうか。

働き方や生活様式のIT化や、外ではなく内に開く経済への志向、東京一極集中からの転換への要求、等々、人々の意識に少なからぬ転換が生まれてきているのをラジオなどを聞いていると実感することができる。

しかし、こうした意識の転換の中でもっとも決定的なのは、新自由主義やグローバリズムの誤りへの自覚、認識が決壊水域を越えたことではないだろうか。

この究極の覇権主義からの決別が決定的になったことの持つ意味の大きさは計り知れないと思う。

それは、「国民のための国」「共同体としての国」を思う意識と一体になっていくのではないか。

この間聞こえてくる若い人たちの政治意識の高まりは、新型コロナウイルス禍による歴史の転換を予感させてくれているように思う。

マリーゴールド

若林盛亮 2020年6月20日

最近の私は音楽CDを流しながら朝食をとるのが習慣になった。

近頃は、あいみょんの「マリーゴールド」?>「二人だけの国」?>「恋をしたから」、この3曲を聴いて朝食が終わる。たぶん初夏の気分に合うのだろう。

「マリーゴールドって花、この村にもあるよ」と教えられてどんな花か見に行ったら管理所の人が植えた花壇にその花はあった。思ったより小さくて一見、これといって特徴のないキク科の黄色っぽい橙色だいだいいろの花だった。

麦わらの帽子の君が

揺れたマリーゴールドに似てる

花壇の花を見て聴くと、麦わら帽子の女の子の後ろ姿、その情景が浮かんでくるから不思議だ。

柔らかな肌を寄せ合い

少し冷たい空気を二人

かみしめて歩く今日という日に

何と名前を付けようかなんて話して

夏の日の恋、そのなんとも言えない空気感、そんなイメージを言語化できるあいみょん、彼女の歌詞を聴くと朝のもやもや気分がシャキッとする。こんな歌を聴いた後、「“withoutコロナ”の東北アジアから“withコロナ”の日本を考える」なんて文章を書いているのだから、この73歳の爺さんに「何て名前を付けようか」・・・

あいみょん「マリーゴールド」を市内に出かける車の中でもかけるが、「この曲なかなかええやないか」と小西さんも最近、ファンになった。

「絶望」というのがマリーゴールドの花言葉の一つにあるそうだ。

「でも不思議なくらいに 絶望は見えない」と歌詞にある。

「悪い意味も良い意味も色々持っているマリーゴールドの表裏一体さ、人間の裏表を表しているのかもしれませんね。・・・絶望が見えなくなるほど(悪い部分も含めて愛している?)の境地に入っている。愛する人はそれほどまでに大きな存在です」と評する人がいた。

朝鮮にいる私たちが日本を愛する、日本の人々を愛するというのも、そんなことなのかも知れないですね。

#乗り越えよう 和歌山

赤木志郎 2020年6月20日

人が集まったり、接触してはいけないもとで、自営業の店やライブの店、観光客相手の店・宿泊施設などがコロナ禍の直接の打撃を受けている。それはどの県もそうだ。和歌山県は白浜温泉や海岸地帯、熊野、高野山、みかんと林業くらいしか目に浮かばない。近畿の中でも過疎化し、県外からの観光客などへの依存度が高い。実は、大阪市立大学と和歌山大学は親近感があった。それは地理的に阪和線でつながれており、和歌山大学自治会の学生がよく大阪市大に来ていたからだ。

今回、コロナ禍で和歌山県ははやくに感染者が出たのにたいし、知事がPCR検査を実施し、抑えるのに成功したということを知って、好感をもっていた。そして、NHK和歌山放送局がつくった「 #乗り越えよう 和歌山」でいろんな人々が前向きに工夫し、頑張っている姿を見ることができた。

もう以前の姿に戻るのは難しいかもしれない。人と人が会うのがなかなかできない中で食堂ならネットでメニューを、旅館ならネットで宿泊体験を、音楽家、写真家、漫才師などが集まってネットでのつどいを実現している。たとえ今は会うことができなくても心で人と人が結ばれることができるという。その方がもっと大切だという。ここに登場している人々の表情が非常に明るく前向きだ。こんな人々がいる和歌山に行ってみたいという気持ちになる。深い森と青い海、白浜が目に浮かんでくる。

サービスの提供により人と人の関係が繋がるが、それから離れても心と心で繋がる方がもっと貴重だと思う。そのことを考えさせてくれた和歌山の人々だった。

「ご協力」

小西隆裕 2020年6月5日

最近、衛星テレビの報道番組を見ていて、耳につく言葉がある。

「ご協力」だ。

「コロナ」対策などについてコメントしながら、安倍さんや小池さん、等々が国民、都民に向かって、やたら「ご協力有り難うございます」と言っている。

それがどこかおかしい。

何がおかしいのか考えてみたが、分かったことがある。

彼らの立ち位置だ。彼らはどこからものを言っているのか。

明らかに、コロナ対策の主人の位置だ。

ならば、言われる国民、都民の位置は何なのか。

コロナ対策の対象ということになる。

これは明らかに間違っているのではないか。

対策の主人は、どこまでも国民、都民のはずだ。

「国」や「都」は、その忠僕でなければならない。

それがいつの間にか「主人」になってしまっている。

これでは、「国」が国民にとって、「わが国」にならず、「お上」になってしまうのは当たり前なのではないか。

心温まるメガネ修理屋さんのお話

若林盛亮 2020年6月5日

老眼メガネのツルの留め具が折れて使えなくなった。この老眼鏡は私の還暦祝いにと皆からプレゼントされた記念品、わざわざ日本の仲間に注文して購入されたちょっとした高級品だった。それだけに見栄えもよく使い勝手もよくてとても重宝していたものだ。十数年間も愛用してきたから金属疲労が来たのだろう。

留め具の金属も高級品らしく精緻なつくりでピョンヤンでの修理は難しいだろうと思えて放置しておいた。市場で買った安物のメガネでガマンしていたが、十数年間、愛用してきたメガネ、それも皆からの贈り物、日本でも「いい物を」と私に合うようにと選んでくれた記念の品だけにあきらめきれなかった。

そこで馴染みのメガネ屋の修理のおじさんに聞いてみた、やはり「自分にできる代物じゃない」との答だった。あきらめて帰ろうとすると「お客さん、ちょっと待って」と私を呼び止め、やおら携帯電話を取り出すや「他の所でできないか確かめてみるから」と言ってくれた。知り合いの修理士に高級品であること、留め具の壊れ具合などを説明していたが、「とにかく現物を見てみよう」となったらしく知り合いのいるメガネ屋を紹介してくれた。

そこは高級品も扱う店で紹介された修理士も恰幅のよい、いかにもその道の専門家を感じさせる風貌。「私でできるかわかりませんが、やってみましょう」とのことで、「後日おいでください」となった。

果たして数日後、「何とかやってみましたが、お気に召すかどうか」と渡されたメガネはきちっと修理されていた。ツルの外側は以前と変わらなかったが内側を見ると苦労して新しい留め具に代えた跡が残っていた。そのうえ眼に当たるプラスチック部分も新しいものに代えてくれていた。丁寧で技量ある仕事ぶりがうかがえた。

「お客さんにとってとても大事なもののようですね」と修理士は私の眼鏡ケースを見せた。それは十数年の間に色あせ古びて傷だらけ、ケースの内側もボロボロの代物、高級品を扱う店への持参はちょっと気恥ずかしいもの。しかしその修理士は古びたケースから客の「愛用の貴重品」を読みとり、これを元通りにしてあげようと思ったようだ。

私はその心遣いに感謝しつつも修理代は高くつくだろうと覚悟した。ところが「お代はけっこうです、お気に召すかどうか」と修理士は言った。一瞬、私はあっけにとられたが「いやそういうわけには・・・」と何度も粘ったが結局、修理代は無料になった。

修理士には厚くお礼の言葉をかけてその店を出たが、愛用品が元通りになった喜びと共になにかもっと大事なものをもらったようでとても心がさわやかになった。

自分には無理ですと断りながらわざわざ携帯電話で他の店の修理士に尋ねてくれた馴染みの店のおじさん、そして古びたボロボロの眼鏡ケースから「客の愛用の記念品」を読みとり「なんとか元通りに」との苦労の跡が見える心を込めた仕事ぶりの紹介された修理士、匠の技を誇る気配も見せず「お代はけっこうです、お気に召すかどうか」とさらっと言えるプロのサービス精神・・・

コロナ禍など気持ちの上がりようのないこの時節、とても心温まる出来事だった。

医療関係者の「奮闘」を偲ぶ

魚本公博 2020年6月5日

今回のコロナ禍、第一波はかろうじて乗り越えた感じですが、そこで展開された医療関係者の奮闘ぶりは頭が下がる思いでした。

こうした奮闘ぶりを聞くたびに思い出す情景。それは米国の医療実態を紹介するドキュメントでのこと。そこで若い医師が車を運転しながら語る言葉。車が貧しい人々が住む地域にさしかかり、その医師が「僕はああいう人のために医者を志したのに、今はそれができない」と。新自由主義改革が進む中での慨嘆の声だけに、「人のために尽くしたい」という医師としての原点を彷彿させる情景でした。

日本の場合、医師数は人口1000人当たり2・4人でまあまあですが、病床100床当たりになると18・3人で、英116人、米92・9人、独53・8人などと比べても非常に少ない。この少ない人数で感染の恐怖にうち勝ちながらの決死的な医療活動。その奮闘ぶりが偲ばれますが、それを支えたのも「人のために尽くしたい」という医師として、医療関係者としての原点だったと思います。

今回のコロナ禍。国家とは、政治とは、経済とは、政治家とは、企業とは・・・などなど、全ての分野で、「原点」が問い返される契機になりました。それを見つめ直してこそコロナ後の新しい世界が開けてくるのではないでしょうか。

# いいね子供たちの笑顔

若林佐喜子 2020年6月5日

昨日(3日)は、 恒例の買い物日。いつものコースで、まず大聖百貨店に行きました。建物の横にある公園兼休憩場のキオスクで、アイスクリームとシュークリームを購入するのが私の楽しみです。その日は、これまでひっそりしていたその場所に、おもちゃの乗り物をひっぱりまわして遊ぶ子供の姿を発見。椅子は子供たちに占領されてしまっている。そんな姿がなんとも可愛くて思わず写真を一枚。お母さんもスマホでわが子をぱちり?! はしゃぎ回る子供たちの声と一挙一動、特に笑顔はまわりを明るく活気づけてくれます。私もパワーと癒しをもらった一場面でした。

コロナ対策、今、朝鮮では特にマスクの使用、手洗いと消毒、検温は必須不可欠。集まりや外出も控えぎみで、子供達の姿をあまりみかけませんでした。そんな中での昨日の体験。改めて、子供たちの役割は、街の雰囲気を活気づけ大人たちに生きる希望と喜びを与えてくれる活性剤ではと。

子供たちの姿、笑顔に元気をもらいながら、改めて、子供には子供なりの、そして若者や老人にもそれぞれ役割があるのだと思いました。すでにシニアガールの私ですが、自身の役割について考えさせられた一日でした。