アジアの内の日本 2020年10月号

「米国についていけばなんとかなる」に黄色信号

若林盛亮 2020年10月20日

ポンペオ米国務長官を迎えて10月6日、東京で開かれた日米豪印(通称クアッド)外相会談が開かれたが、結果は米国の思い通りに世界が動かないことを証明するものになった。

この会議で米国が目的とした「アジア版NATO」構想に意見一致を見られなかった。このクアッドが「反中包囲」軍事同盟になることに各国が二の足を踏んだからだ。

この「アジア版NATO」は米トランプ政権が覇権をめぐる米中新冷戦に日本を始めアジア諸国を引き込む上で「米国につくのか否か」を迫る切り札とも言えるもの。それが最初から難航の兆しを見せた。

菅首相はすでに9月の自民党総裁選討論会の際、石破茂元防衛相の示した「アジア版NATO」に対して「反中包囲網にならざるを得ない」と反論していた。「賢明な戦略的判断ではない」とも語ったとされる。クアッド会談でもポンペオの迫る「アジア版NATO」への参加に菅政権が難色を示したであろうことは想像に難くない。

インドも中国の一帯一路に対抗する米国の「自由で開かれたインド太平洋」構想には乗ったが、中国は米国に次ぐ二番目の貿易相手国であり、「インドは中国を刺激しないため、4カ国(クアッド)の枠組みに軍事的意味合いは持たせたくない」(外交専門家)姿勢だとの指摘も出ている。

戦後日本は「米国についていけばなんとかなる」が常識だった。いまこの戦後日本の常識に黄色信号がつき始めた。

今、中国の覇権主義が問題か?

赤木志郎 2020年10月20日

米国は今までの国際秩序を破壊する国として、中国にたいする包囲網を築こうとしている。その背景のもとで、東・南シナ海での進出、一帯一路構想の推進、香港問題とウイグル問題、さらには尖閣列島問題などをとりあげ、中国脅威論が幅をきかしている。日米印豪4カ国外相会議について読売新聞は「海洋での覇権主義をけん制」という見出しを付けていた。とくに米国内では、米国のコロナウイルス感染拡大も経済悪化もすべて中国のせいだとし、対中国敵視論が大統領選での焦点として取り上げられている。

果たして、今、何が問題なのだろうか? 

現在、問題なのは、米国が「米中覇権争い」を作り出すために「中国覇権の脅威」を騒ぎ立てていることではないだろうか。米国はクアッド4カ国協議のアジア版NATOへの格上げ、通信分野で中国を排除する「クリーンネットワーク」計画の立ち上げをめざしている。軍事での中国包囲網、通信での中国排除、いずれも根幹をなす重要な分野で中国を押さえ込み、同盟国を糾合するためのものであり、衰退しつつある米国覇権の起死回生戦略によるものだ。

したがって、今、一番問題なのは中国が覇権主義かどうかではなく、米中のどちらにつくかを迫って米国の覇権回復を試みようとする米国の覇権主義だといえる。

中国は米国との関係で自由で公正な貿易を求めており、他国にたいしても米国か中国かの選択を迫っていない。

だから、「中国の覇権主義脅威論」は米国の覇権戦略のためのものであり、それに乗せられることは危険だと思う。実際、日本ですら「アジア版NATO」「クリーンネットワーク」への不参加を表明し、米国の「米中新冷戦」戦略を警戒している。菅政権の場合、むしろ「中国脅威論」を利用して、アセアン諸国を日本に結束させ自分がアジアのリーダーになろうとする覇権主義的野望があるのではないだろうか。米国の覇権再生の野望、菅政権のアジアの盟主という野望、いずれもが「中国脅威論」を掲げている。

だから、今、問題なのは、「中国の覇権主義」が問題ではなく、「米中新冷戦」を利用した米国と日本支配層の覇権主義を破綻させていくことではないだろうか。

─政府の新型コロナウイルス対策─緩和ではなく、徹底化を

若林佐喜子 2020年10月20日

この間、政府はひたすら感染症・防疫対策の基準の見直し、緩和の方向に動き、現場には自助努力と責任をおしつけています。

8月初旬、加藤元厚生労働相は自宅療養の奨励と条件の緩和。8月末、安倍元首相は辞任会見の数時間前、コロナ対策本部にて「(これまで入院措置だった)軽症者や無症状者について宿泊療養での対応を徹底し、医療資源を重症者に重点化していく」などの方針を決定。菅新政権は、全世界を対象に海外出張帰りの日本人らの帰国後の2週間待機の免除など、水際対策の抜本的な緩和に乗り出そうとしています。

そんな中、一貫してPCR検査拡充(診断)、入院(隔離)によるコロナウイルス封じ込めの重要性を訴える児玉龍彦氏の記事(文芸春秋10月号)を目にしました。

氏は、今回のウイルスがSARSと比べて、他人にうつす感染率、死亡率の低いことを論拠に「たかがコロナ」という研究者がいるが、その認識が大きな間違いの元だと主張。医学的に根拠を挙げているのですが、とにかく軽症者、特に無症状でもウイルスを排出し続けているということです。彼らが感染を広げている現状で、エピセンター(無症状の感染者が集まり感染が持続的に拡大する地域)で何十万というPCR検査を行い、無症状の感染者を探しだし、連鎖反応を食い止めること。徹底した検査とスマホのGPS追跡で封じ込めた「東アジア型対応策」が有効だという。

この間、政府は医療体制が崩壊するとしてPCR検査を抑制し、特に和田氏(国際福祉大学教授、厚生労働省のクラスター対策委員)などは、「新型コロナは、人との接触を控え、手洗いなど欠かさなければ、どんどん広がるような感染症ではない。」と誤魔化し、指定感染症・2類を「高齢者に少し怖い感染症」くらいに引き下げ、様々な措置の緩和を示唆。

児玉氏はそれらをある目的をもった詭弁だと指摘する。そして、まず、成功例を作り出していくことが重要と、東京世田谷区で濃厚接触者を対象とする「行政検査」(国費が支給される)と介護関係、医療、保育、学校などの現場で働く人たちに対する一斉検査(社会的検査)の実施を働きかけました。9月からの開始で、注視すべきことだと思います。

新型コロナウイルス対策、封じ込めは、現場の人々の、「3密禁止」やマスク着用、消毒など自助努力では限界、無理ということです。ましてや、政府の防疫対策の見直し緩和など言語道断です。児玉氏が、有効としている「東アジア型対応策」。中国、韓国、台湾などは封じ込めに成功し防疫先進国と評価を受け、経済も回復、プラスに転じていると言われています。学ぶものがあるのではないでしょうか?

「各論内閣」?

小西隆裕 2020年10月5日

菅新内閣を指して「各論内閣」という説がある。

確かに、菅内閣を見て目立つのは、個別課題担当の多さだ。

福島原発事故再生、原子力防災、防災、沖縄・北方・規制改革、働き型改革、全世代型社会保障改革、ロシア経済協力、一億総活躍、女性活躍、万博、五輪、IT政策、等々。

一つ一つの課題を着実にという意思の現れなのかもしれないが、これでは「各論内閣」と言われるのも道理だ。

だが、この「各論内閣」という呼び名には、もう一つ別の意味があると思う。

それは、「総論」は安倍内閣の時にやったからということだ。

事実、菅さん自身、政権交代に当たって、「安倍政権の継承」を強調していた。

しかし、果たしてそうだろうか。

あと数日で米大統領選挙がある。

その結果にかかわらず、米国からは「米中新冷戦」が突き付けられてくるだろう。

それは、米覇権戦略の転換を意味している。

それが日本政治の転換を要求してくるのは目に見えている。

それに菅政権はいかに応えるのか。

この日本の命運のかかった問題に「各論」で応えることはできない。

求められてくるのは「総論」の転換だ。

もちろん、求められてくる政策は、個別課題解決のためというかたちをとるだろう。

しかし、その裏には政治の総路線上の転換が問われている。

この日本政治の正念場で、菅「総論内閣」がどう応えるかだ。

「覇権の時代は終わった」という時代認識こそが問われている

魚本公博 2020年10月5日

菅首相の支持率65%。過去の細川内閣(93年)71%、小泉内閣(01年)78%、鳩山71%(09年)などに次ぐ歴代4位の高さ(朝日新聞調査)。

歴代内閣の高い支持の理由は「改革」にある。非自民の細川や鳩山政権。「自民党をぶっ壊す」とした小泉内閣。共にこれまでの政治を「変革」する期待を背負っての支持であった。

そして菅首相も「改革」を掲げる。しかし、その「改革」は「規制緩和」。すなわち新自由主義改革。就任早々、発表したのが「金融外国人材誘致」のための税軽減や行政手続きで英語表記許容(年内にも)など。

今、コロナ禍の中で、倒産が相次ぎ、この状況が2、3年は続くと予想される中、外資の「日本買い」が進んでいる。米大手投資ファンドKKR日本法人はコロナ後、大会社の子会社や事業部門の売却が進み小売業などで新たな事業モデルが生まれるとして、これへの投資を増やすと。カーライルグループも数千億円規模の大型買収を目指す。有名な米投資家ウォーレン・パシェットは伊藤忠、三菱商事など5大商社の株を5%取得した、などなど。

今は、投資ファンドが表に出ているが、その背後には、ゴールドマン・サックス、JPモルガンなどの米国投資銀行、米国金融本体が控える。

菅の「金融外国人材誘致」策は、こうした外資=米国金融の「日本買い」に呼応し、これを支援するもの。まさに「規制緩和」のさらなる「門戸開放」政策。これが進めば、経済の日米融合一体化は一挙に進み、日本は米国51番目の州、アメリッポンになってしまう。

もう一つの鳴り物入りの政策、「デジタル庁」新設もこうした動きを促進するものになるのではないか。これを担当する平井氏の説明によれば、「縦割り行政の解消」と共に「システムの一本化」を掲げる。すなわち、各企業や地方ごとにバラバラのシステムを一本化するということ。日本の場合、NTTドコモなどのシステムも導入されているが、一本化とは、そうした「日本式」の駆逐となりかねない。

もちろん、「米国とも中国とも仲良くする」との立場に立つ菅政権は、米国一辺倒の危険性、対中戦略の破綻を見越しながら日本「自立」を追求しようとしている可能性もある。「金融外国人材誘致」も「デジタル庁新設」も日本「自立」の方向で考えられている可能性があるということである。

しかし、それはかえって危険な道になりかねない。すなわち米中新冷戦が米国の思惑通りに進まないことを見越して、日本は日本で米国にも中国にも付かず両国との距離をうまく取りながら昔夢見た「アジアの盟主」たらんと、アジアをリードする覇権(ヘゲモニー)国家を目指すようになるのでは、ということである。しかし、それが実現不可能な「夢」に過ぎないのは歴史と今日の現実が示している。

米中新冷戦で米国側に組み込まれ、日米融合一体化、アメリッポン化する危険性を真に回避するためには、「覇権の時代は終わった」という時代認識の下、アジア諸国と平等の関係で共に助け合って平和と繁栄を作っていくという脱覇権の日本を目指さなければならないと思う。

「尾木ママ」は憤っています

森順子 2020年10月5日

「尾木ママ」こと、教育評論家の尾木直樹さんは、常に子供の目線で話をされ、教育現場の声を発信されるやさしい先生というイメージです。

その「尾木ママ」が、コロナ感染拡大による教育環境の悪化を訴えています。

「コロナで大変な時期だ、お金がない、と、教育を後回しにするのではなく、今こそ教育に投資することだ」と言われ「政府の教育分野への関心は低くないようだが、実施に必要な政策や予算は全く不十分だ、国の無策さに憤りを禁じえない」と言っています。

そうです。日本は教育機関への公的支出の割合はOECD加盟国中でも最下位、コロナ禍の中でも他国と比べても言うまでもありません。一般的に教育への投資は、人への投資、未来への投資であり、国が教育にお金をかければかけるほど教育の格差はなくなると言われています。一方、削減の政治は、人々から希望を奪い貧困と格差を押し広げると言われています。日本の教育は、後者に当てはまるのではないでしょうか。

なぜなら、日本の教育は経済効率第一の教育であることに、その根本原因があるからです。

世界から優秀な頭脳を集める政策の一環として、コロナ禍の渦中、浮上した「9月入学」問題はその典型だと思います。これは、優秀な人材は外から入れればいい、その方が早くすぐ役立つからと、世界的なIT人材獲得を目的とするための「9月入学」構想です。人材は外からとする政策自体、自分たちの力で日本の将来と発展を担う人材を育てていくという観点がないことが深刻なことだと言えます。そして、日本の子供たちにとっては、これまで日本人同士の競争だったのが、これからは世界の人との競争になり、そうなれば今以上に格差は拡大していくと思います。

また、格差と不公平に反対する署名運動が起こり、文科省の「身の丈に合わせて頑張って」発言により、一気に民間業者に丸投げした国の無責任が問題となった英語民間導入問題。これも産業競争力会議で決定した英語が堪能な「グローバル人材」を育てる政策のものですが中身は、お金のある人だけがよい大学に入れよい教育を受けられるのは仕方ないというものでした。

これだけを見ても日本の教育は、子供たちのための子供たち第一の教育でなく、いかに教育にお金をかけないから出発した経済効率第一の教育です。そして、コロナ禍でさらに悪化した教育環境から、子供たちの命を守り、学びを守り保障しようともしない無策で無責任な国を、「尾木ママ」も憤っているのです。

新たな政権になって、ますます国の役割が問われ、その責任が切実に問われてくると思います。