【豆知識】よど号グループと日本赤軍、連合赤軍の違いは?

赤軍派は、武装闘争を掲げ1969年8月結成され、1970年よど号事件の後、ほとんどの成員が逮捕され、組織的に活動ができなくなりました。

よど号グループ、日本赤軍、連合赤軍はみな武装闘争を掲げた赤軍派を母胎としており、思想理論的、路線的に共通性がありました。
私たちよど号グループは、国内の行き詰まりを打開するため国際根拠地建設を掲げ、1970年日航機よど号をハイジャックして朝鮮に渡ったグループです。2年後の記者会見で自己批判を表明し、以後、赤軍派でありません。よど号グループと呼ばれてきました。
帰国を課題とし「日本を考える編集委員会」「日本の自主と団結のためにの会」「かりの会」として活動してきました。

連合赤軍は、銀行襲撃闘争を行っていた赤軍派と銃奪取闘争をおこなっていた京浜安保共闘が1971年合併して作られた軍事組織です。あさま山荘銃撃事件とリンチ事件で知られています。72年壊滅。

日本赤軍は、1971年パレスチナ革命を拠点として作られた軍事組織です。1972年リッダ空港事件をはじめとする一連の武装闘争を海外でおこなってきました。現在は解散しています。

日本赤軍の活動が華々しかったので、日本赤軍=赤軍派というように混同する人も多いようです。また、過激派であれば赤軍だといように赤軍が過激派の代名詞のように使われてきました。