【安保防衛論議その4】 南北和解への胎動-朝鮮と戦争を「する」防衛論議からの転換を!

若林盛亮

前回の「安保防衛論議その3」では、来るべき新年が「朝鮮と戦争を『する』のか、『しない』のか」、その決断が日本に問われる、そんな新年になるのではないかと書いた。「米国本土全域を射程に入れた」朝鮮の火星-15型ICBM試射成功で朝米間の緊張が極度に高まると考えたからだ。ところが新年早々、風向きが変わった。

「冬季五輪を南北共同の民族の慶事に」! これが南北朝鮮当局者間の合意となった。
この合意の下に、即刻、南北実務者協議が開かれ早々と「北」から三池淵管弦楽団140名の派遣が受け入れられたが、選手団、応援団、テコンドー演武団などの受け入れも決まるだろう。これにつづいて南北間で軍事衝突を避け軍事的緊張を緩和するための南北軍事当局者会談、そして政府間、民間レベルの交流協議も開始される予定だ。

昨年春以来、「北朝鮮の核とミサイル問題」をめぐる朝米対決が激化の一途をたどり「一触即発の朝鮮半島」状態で凍りついた事態が一転して、朝鮮半島の南北当事者の努力によって民族和解、緊張緩和に向かう気運に一変した。この気運は、全民族的歓迎の後押しを受けた和解と協力、統一の道を求める南北の民意の噴出を呼ぶことだろう。以前から文在寅大統領は、米国を念頭に「韓国の同意なしに朝鮮半島で戦争を起こさせない」旨を表明していたが、朝鮮問題を「わが民族同士」の原則で南北当事者が主体となって解決するという「北」の提案を受け入れ、これの実現に向けて動き出したのだ。

ところが安倍首相はじめ日本政府は、これを歓迎せず「対北制裁圧力に穴を開けるもの」と不快感を示すのみだ。理由は、安倍政権が「朝鮮と戦争をする」防衛論議を起こすことを新年の国民的課題に掲げているからだ。

安倍首相自ら年頭の国会で次のような決意を述べた。
「わが国を取り巻く安全保障環境は戦後もっとも厳しいといっても過言ではない。・・・従来の延長上ではなく・・・真に必要な防衛力の強化に取り組んでいく」としながら、今年度末に確定される防衛大綱に「敵基地攻撃能力保有」を入れること、これを国民的論議にしていくことを明言した。

ここで首相の言う「戦後もっとも厳しい」安全保障環境とは「北朝鮮の核とミサイルが日本の脅威になった」という認識であり、「真に必要な防衛力」とは、「敵(北朝鮮)基地攻撃能力保有」であり、それは「従来の延長線上ではない」、すなわち憲法9条に基づく「専守防衛の自衛隊」を見直すこと、改憲だ。 

「敵基地攻撃能力保有=専守防衛見直し」論は、一言でいって相手国に攻め込む権利、「交戦国となる権利」の保持だが、これは「交戦権否認の憲法9条否定=戦争放棄の否定」に他ならない。日本は「朝鮮と戦争をする」国になるということだ。

今年度防衛予算請求がなされたが、「敵基地攻撃能力保有」はすでに防衛予算化されている。ミサイル防衛体系整備品の中に「900km射程の巡航ミサイル」がある。日本海から発射すれば、ピョンヤンが射程に入るというものだが、自衛隊はすでに「朝鮮と戦争をする」道に一歩踏み出している。

一方、新年に入って朝鮮半島で起きているのは、戦争を「しない」南北関係を築こうという努力だ。
朝鮮半島の南北が敵対を解消して和解と協力、統一に向かえば、「北朝鮮の攻撃から韓国を守るため」という朝鮮半島に駐留する米軍の存在理由が消失し、米国が「北朝鮮」と戦争状態を維持し続ける根拠がなくなる。米国が朝鮮と平和協定を締結し(朝鮮戦争の休戦という)戦争状態に終止符さえ打てば、「朝鮮半島の非核化」も解決の道筋が開けるだろう。

南北朝鮮和解への新たな胎動はこのような未来を開くものであり、わが国にとって歓迎すべきことだ。ならば安倍政権が今年、国民に問うという「朝鮮と戦争をする」防衛論議、改憲論議のどこに正当な理由があるのか? このことをすべての日本人がよく考えてみる必要があると思う。

新年に入り、時代遅れが明らかになりつつある安倍政権の「朝鮮と戦争をする」防衛論議だが、ならばわが国に問われることは、安倍政権の防衛論議に勝る「朝鮮と戦争をしない」安保防衛論議ではないだろうか? これが新年、日本に切実に問われる課題になると思う。