【今月の視点】「朝鮮外交」にどう対するか?

小西隆裕

「蚊帳の外」「つんぼ桟敷」「おいてけぼり」。この間、「南北」「朝米」「朝中」と続いた「朝鮮外交」で日本への事前通告、相談は一つもなかった。朝鮮、韓国、中国はもちろん、「100%一致」の「盟友」、米国からもなかった。

深刻な事態だ。日本は相手にされていない。存在感ゼロ。

こうした中、日本政界、識者たちの間から上がってくる声も、「あせるな」「あわてることはない」「朝米の結果を見てからでも遅くない」、等々、「制裁」と「圧力」の先頭で張り切っていたつい先日までの面影もない。

なぜこんなことになっているのか?答は、一言で言って、「日本が時代に取り残されたからだ」と言えると思う。

今回の「朝鮮外交」は、弱体化の極に達した米覇権の崩壊を決定的に促進する外交だ。
南北の和解と協力が全世界に宣言され、それへの賛意と祝福の声が世界的に高まる中、米国はそれを承認せざるを得ず、朝鮮との和平と交流に出てくる他ない。そこにはもはや覇権の論理は通用し難くなっている。

もちろん、南北、朝米の首脳会談はこれからだ。そこにどのような理不尽な力が作用してくるか分からない。しかし、これまでの事態発展に、南北朝鮮のそうした共同の意思が働き、事を主動してきたのは事実ではないだろうか。

「蚊帳の外」「つんぼ桟敷」に置かれ、「おいてけぼり」を食わされてきた日本にとって、今、問われていることは何か。それは、この事態の発展が破綻するのを願い、そのために策動することでは断じてないだろう。今からでも遅くない。今回の「朝鮮外交」が持つ時代的意味を推し量り、それに呼応することではないかと思う。

かつて明治の昔、立ち後れた朝鮮をはじめアジア諸国を「悪友」と見なし、「脱亜入欧」した歴史からの脱却を今こそ図る時が来たのではないだろうか。