政治利用か五輪精神の発露か

若林佐喜子

3月末に、国際五輪委員会の会長、トーマス・バッハ氏一行が朝鮮民主主義人民共和国を訪問した。

滞在期間中、氏は、平昌冬季五輪が平和の大会として成功裏に行われ、特に南北選手団の共同入場と五輪史上初めての単一チームの結成は、南北の平和と和解の意志を全世界に示し最大の感動を呼び起こした大会だった。

今後も、国際五輪委員会(IOC)は、朝鮮五輪委員会(NOC)と協力していくことを表明した。

2月の大会開幕式では、統一旗を掲げた南北選手団の共同入場の瞬間、3万5千席を埋め尽くした観衆が総立ちになり拍手と歓声で迎えた。その開催演説でバッハ会長は、「共同入場は平和を知らせる強力なメッセージ」だと強調。

実際、氏は朝鮮の平昌五輪参加のために力を注ぎ、朝鮮の参加過程では制裁圧力、時間的制約など様々な規制を五輪精神でクリアーさせた。例えば、米国制裁対象者の北朝鮮団の受け入れ問題、女子アイスホッケー単一チームの短期間での結成など新たな転機を切り開いて、世界の人々を驚嘆、感動させた。

一方で今回の出来事を、「北朝鮮は平昌五輪を『政治の場』として利用」(高橋洋一)という人もいる。「朝鮮の時間稼ぎ・・」云々という彼には、南北朝鮮の人々の同胞愛を見ることも感じることもできず、又、スポーツを通して相互理解を深め平和を実現していくという五輪精神も理解できないようだ。

今回のバッハ氏の訪問は、改めて平昌五輪での感動は五輪精神の発露であることを想起させてくれた。