【安保防衛論議その10】「抑止力論」を考える

若林盛亮

-米韓合同軍事演習中止は「日本の抑止力を弱めるから反対」! 一転「評価」へ!?-

6月12日、米朝首脳会談直後の記者会見でトランプ大統領が「善意の対話が行われる間は米韓合同軍事演習を中止する」と発言した。このトランプ発言に小野寺防衛大臣はじめ、日本の政治家、政治評論家たちがいっせいに疑問と反発を示した。「日本の抑止力を弱めるから」というのが疑問と反発の「理由」だ。

合同軍事演習の中止は朝鮮半島の軍事的緊張状態が緩和され、戦争の危険が遠のくことであり、それは日本の平和と安全にとってよいことは誰の目にも明らかだ。ところがなぜわが国の防衛大臣がこれに反対するようになるのか?

曰く「在韓米軍と在日米軍とは、米軍にとっては一体であり、(合同演習中止で)在韓米軍の抑止力が弱まることは在日米軍のそれが弱まることになるから」だ。

事実、昨年の米韓合同軍事演習には沖縄ほかの基地からオスプレイや戦闘爆撃機が、あるいは横須賀基地からは米原子力空母ロナルド・レーガンが参加したように、在日米軍は在韓米軍と一体で「日本の抑止力」と位置づけられている。だから米韓合同軍事演習の中止は「日本の抑止力を弱める」という理屈になっている。

抑止力とは「攻撃を拒否し報復する能力と意思を相手に認識させることによって、攻撃を思いとどまらせること」だと定義されている。

この定義からすれば、「日本の抑止力」は報復攻撃能力を持たない自衛隊にはなく、その能力を持つ米軍にわが国の抑止力が託される。日本の安保防衛政策が「抑止力論」に基礎を置く以上、憲法9条によって相手国への交戦権、攻撃能力を持たず専守防衛を旨とする自衛隊では「日本を守れない」、したがって報復攻撃能力を持つ米軍依存、日米安保基軸の安保防衛政策を採る以外にないのだ。

昨年の「一触即発の朝鮮半島危機」から今年、6月12日の米朝首脳会談に至る激動する東アジア情勢下にあって、米国の一挙一動に全日本が右往左往させられた。

昨年の今頃は、「北朝鮮の核とミサイル危機」が米空母3隻動員など史上最大規模の米韓合同軍事演習による「一触即発の朝鮮半島」で戦争の危機が最高潮に達し、「軍事力行使発動」があるのか否か、トランプの発する言葉に全日本が固唾をのんだ。そして今年は一転して、劇的な南北首脳会談、米朝首脳会談による緊張緩和の流れに変わり、「米韓合同軍事演習の中止」というトランプ発言がわが国の国防大臣を慌てさせた。そしてこれにも落ちが付いた。あれほど強行に反対した「米韓合同軍事演習の中止」を米国防省と韓国国防部が正式発表するや、小野寺防衛大臣も反対から一転「評価する」に変わった。

日本の平和と安全について、日本独自にやれることはなく、すべては米国次第! これが昨年から今年にかけてわが国の安保、平和環境が激変する事態が教えてくれたことだ。

「抑止力論」に基礎を置く限り、攻撃能力を持つ米軍依存、日米安保基軸が日本の安保防衛政策にならざるをえない。それはわが国の安保防衛政策は米国次第でいかようにも変わるということだ。これを良しとするか否とするか、すべての日本人が考える時に来ていると思う。