アメリカファースト主義による日本政府の困惑

赤木志郎

現在、戦後秩序が根本的に転換していっていると言われる。

トランプ大統領による世界貿易機構(WHO)脱退の手続き開始とEU・中国との貿易戦争、米韓軍事演習中止とNATO軍事演習の中止など、政治、経済、軍事の全般に亘って、戦後国際秩序としてあったものが破壊されていっている。その破壊をすすめる根本理念は、いうまでもなくアメリカファースト主義だ。

これまで戦後秩序を基礎づけた理念は自由と平等、民主主義、市場主義を内容とする「普遍的価値観」だった。普遍的価値観はとくに冷戦の終息とグローバリズムの席巻とともに猛威を振るった。各国でオレンジ革命が起こされ、中国の天安門広場に自由の女神像が建てられたぐらいだ。日本ではアメリカに構造改革が強要され、規制緩和をはてしなく行われた。

しかし、国と民族そのものを否定し国境をなくすグローバリズムは、国家主権を擁護する各国人民の闘いにより破綻せざるをえなかった。それがヨーロッパにおけるEU支配に反対する欧州各国の自国第一主義の潮流であり、朝鮮、シリア、イランなどの主権擁護の闘いの勝利であった。グローバリズムは帝国主義国内部の空洞化と格差を拡大し、イギリス、アメリカ内での自国第一主義の潮流をおしとどめることができなくなった。

普遍的価値観より、各国独自の価値観第一だ。普遍的価値観による覇権はもはや破綻するだけ破綻している。

2017年1月のトランプの大統領就任演説で「普遍的価値観」が一言も語られず、「アメリカファースト」が語られたことがその端的な表れだ。

しかし、アメリカは覇権を諦めたのではない。覇権、すなわち他国への支配は帝国主義の本性であり、覇権をしない帝国主義国はありえない。普遍的価値観にもとづくグローバリズムに代わる覇権思想として、アメリカファーストが登場したといえる。戦後支配秩序を壊し、軍事演習を中止していくトランプのアメリカファーストは、覇権自体をやめたのではなく、普遍的価値観を掲げたグローバリズム覇権をやめたのだ。

では、アメリカファーストによる覇権の特徴は何か、今の段階で言えるのは、国と民族自体を否定したグローバリズムではなく、アメリカファーストというアメリカ第一をかかげ、これまでの国際秩序を否定しがら、各国との関係を二国間関係として対応していくことだ。この間、トランプ大統領は経済、軍事も国際秩序ではなく、二国間関係を主にしていっている。そして、最大の軍事予算を組んでいるように強いアメリカの力を背景に、その二国間関係で優位にたち、覇権(支配)を強化していこうとするのが、アメリカファーストによる覇権だと思う。

トランプ大統領の古いグローバリズムを破壊する行動は、トランプ個人の変人的行動ではなく、時代の潮流に即した欧米独占体の意思である。グローバリズム至上主義から見ると、トランプ現象は一時的なもの、理解しがたいこととしてしか捉えることができないだろう。

これまで国と民族を否定するグローバリズムによる覇権に対し、国家主権擁護の各国の闘いであったとすれば、今後、アメリカファーストを掲げた強者による他国否定に対し、主権擁護・尊重の自国ファーストの争いになると思われる。旧来のグローバリズムを掲げる勢力も一定程度、残っているが、それは時代から取り残された勢力だといえる。したがって、グローバリズムや自由と平等、民主主義、市場主義の普遍的価値観からの批判は、トランプのアメリカファーストにたいする真の批判となりえない。

ところで、この事態に一番、困惑しているのが安倍政権だ。トランプが掲げたアメリカファースト主義にたいし、「アメリカの国益が日本の国益だ」と言うことしかできない。明治維新以来、とくに戦後、アメリカに忠実に従ってきたゆえ、トランプに習って自国ファーストを掲げるということは想像もつかないようだ。だからといって、ドイツのようにトランプを批判し旧世界秩序の維持を主張することもできない。

アメリカが世界秩序の盟主としてあった時期ならば、「アメリカの国益が日本の国益だ」ということも通用する。アメリカが西側陣営を代表し、日本がその一員、同盟国として遇されるからだ。しかし、アメリカが旧世界秩序の盟主の地位を捨て、自国中心でやっていっている。それがアメリカファーストだ。そうなれば、従来のままのアメリカ追随では日本はただ骨の髄までしゃぶられるだけになるのではないのか。

アメリカは自らの国益と日本の国益を同じだとみなしていないし、実際、異なる。しかるに、日本がアメリカの国益が日本の国益だとすれば、日本のすべてをアメリカに献上するということを意味するのではないだろうか。日本という国があっても、国としての実体のない幽霊のような国になってしまう。

内政だけでなく、外交において蚊帳の外におかれたたま日本の姿が世界から消失していく。朝米首脳会談開催や米韓軍事演習中止のニュース、二国間関税強化にもっとも当惑していたのが安倍政権だった。これまでアメリカに従うのが日本支配層の習癖になってきたから、アメリカのアメリカファースト主義による政策に反対することもできない。だからといって、日本ファースト主義を掲げることもできない。結局、世界の情勢変化になにも対応できないで、拱手傍観するだけとなる。

対米従属の枠組みに入っているかぎり、日本はしだいに衰退するしかないだろう。

日本衰退、国家としての消滅から抜け出る道は、主権確立、国益第一、民意第一の日本ファーストしかないと思う。