若林盛亮
10月中旬、紅葉たけなわの季節、朝鮮の名山、妙香山に土日一泊旅行の“ぜいたく”をみなで味わった。
夜のプチ“ぜいたく”はホテルのバーに行こうと私の趣味にみんなを付き合わせた。私の目的は朝鮮のバー探究、城アラキの漫画「Bartender」主人公、“神のグラス”佐々倉溜によってバーとカクテルへの興味をそそられたから。宿泊したHyangsan(香山)ホテルのバーは玄関を入って右コーナーにあった。みなは座席に、私は案内のM氏と三つしかないカウンター席についた、Bartender観察のために。
出てきたBartenderは若い女性、二十代半ばくらいか。ピョンヤンのポトンガン・ホテルも24時間営業で酒も出すヘマジ(日の出)喫茶店もカウンターに立つのは女性、朝鮮ではさほど珍しくはない。最近は若い女性の進出が目だつ。
みなの注文はメニューを見ての興味半分、ゆえにマルガリータ、ピンクレディ、シンデレラ、ジンフィズ、ウィスキーのオンザロック・・・各々まちまち、しかも手間のかかるのもあり、いろんな酒と材料を準備して一つ一つ違うのを作るのだからBartender困らせの客だ。でも注文を聞くや彼女はさっさと材料をそろえてマルガリータから作り出した。
このカクテルはスノウ・スタイルというレモンでグラスの縁をぬらし塩をまんべんなく「雪のように」グラスにつけるという面倒な作業を伴う、私は彼女の手元をじっと見ていたが手際はいい、レモンの切り方も鮮やか素早い、テキーラ、クァントロ、シロップなど適量をシェイカーに。そしていよいよシェイクの段、これがなんと驚きのシェイク!
「世界基準」の横振りでなく縦にシェイクするのだ。縦の動きだから腕だけでなく腰も使う激しい動き、上下動によって中の氷と酒がガツンとぶつかり合う感じ。縦振りのダイナミックなこの動き、案外、女性の柔らかな仕草に合うのかも? 目をやや閉じ気味、客に向かって斜め横向き縦振りシェイクの数秒間、終わるとシェイカーの蓋を取りグラスに注ぐ、この一連の動きが実にスムーズ、きれいに決まっている。
写真を撮らせてくれというと、ただニコッと次のピンクレディを撮影最適の場でつくってくれた。言葉は控えめ口では客に媚びない仕事師、「私を見ていなさい」というのが彼女のサービス精神。卵白を割った卵から垂れ落とす技術も隙がない、シェイクしてムース状のピンクレディがきれいにできた。
大いに気に入った私は佐々倉溜仕込みのBartenderとカクテルの話題で彼女との距離を縮める努力を・・・、そして女性Bartenderにいちばん聞きたかったことを聞いてみた。
「なぜこの仕事を選んだの」? と「どこで学んだの」? この二つだ。彼女の答え-「Bartenderという仕事にとても興味がある」、学んだのは「先輩から教わっただけ」、いわば現場修行で技量は身につけたのだ。
朝鮮の若い女性がBartenderに興味があるというのは初耳だ。彼女の縦振りシェイクは佐々倉溜マンガにもなかったし朝鮮でも初めて見るもの、それも先輩から学んだのか? 彼女自身が編み出した本人オンリーワンの技量だったとしたら、それは凄いこと・・・。
彼女の縦の動きはとてもダイナミックで見てるだけで美しく強く楽しい、シェイクする時には目をつむり一心不乱の祈り、混じり合うお酒にまじないをかけているように見える。本人もかなり意識しているはずのその仕草、いままで見た中で一番プロ根性を感じさせた朝鮮のBartenderだ。味はちょっと薄めが気にはなったけれど・・・
故郷は西海岸の港町、南浦(ナンポ)。両親は彼女に愛にあふれ可憐な娘になれと「愛憐」、“エリョン”と名付けた。社会人となったエリョン、「私の仕事はBartender」!
縦振りシェイクで客を魅せる“Bartender魂”、愛憐さんはかっこいい。私は彼女に会えただけでも妙香山に来た甲斐があった、そんな気分だ。