明治維新の評価

赤木志郎

今年は、明治維新150年になる。その記念行事もあった。普通、明治維新は日本が欧米の植民地の危機からまぬがれ、近代化の道を拓いたという評価だ。私もそう思っていた。しかし、植民地となった中国、朝鮮などと比較して日本が良かったという話を聞くと、違和感を覚える。はたして、独立を保ったとして日本の方が良かったのだろうか。その後、侵略戦争の道に走ったではないか。一方、苦難のなかで民族解放闘争を繰り広げた国の方が、国の主権を守りぬく確固たる立場をもつことができるようになったではないかと。

この問題の根底には、欧米の「近代化」にどう対応するかの姿勢の違いがある。アジア諸国の反植民地化の戦いは同時に、欧米の「近代化」そのものを否定する思想があった。ところが日本では、欧米の「近代化」を全力あげて受け入れ、その結果、欧米のように覇権競争に加わるべきだとし、アジア侵略の道を進んでしまったのではないか。

こういう疑問を長らく抱いたまま、最近、安部龍太郎の「維新の肖像」を読んだ。戊辰戦争の敗者の立場から描いた小説だ。たしかに、すでに江戸幕府は降伏し城も明け渡したし、会津藩なども降伏を申し出ている。上野にたてこもった旧幕府の武士を掃討する戦いは、旧勢力の抵抗を押さえ込む戦争だったといえるが、奥州七藩との戦争は旧勢力を一掃する戦いだったのかといえば、そうではないようだ。降伏を申し出ている会津藩などにたいし無理に戦闘にもちこんでいる。奥州七藩の戦いは、地域の生存権を守るための戦いだと主張している。官軍には正当性にかけている。それまで、旧封建勢力の抵抗としか考えてこなかったが、小説を読んで、考えなおさなければと思った。

もちろん小説であって、事実を検討、分析する歴史書ではない。逆に小説だから直裁に主張したいことを述べることができる面がある。筆者の意図もそこにある。

とすると、維新自体にたいし疑問が起こる。なにか理想に燃えて封建勢力と戦い勝利したのではなく、欧米の後押しを受けて覇権の道をすすむ側面があったのではなかったのではないかと。

いずれにしろ、日本は近代化の道に入り、とくに明治六年の政変のあと「脱亜入欧」「富国強兵」のアジア侵略へと進み、破綻し、敗戦を迎えた。その後、アメリカに従属するだけ従属し、いまだ歴史認識問題が提起されるように侵略戦争を反省していない。そういう現状をもたらしたのは、維新当時、覇権そのものを否定しなかったからなのではと考える。さらに言えば、欧米の「近代化」路線を検討すべきではと思う。

明治維新150年で維新の評価をめぐって、まったく正反対の視点から考察し、論議するのも意義があると思う。