経済を評価する基準を問う

小西隆裕

アベノミクスをめぐっての評価が別れている。

その原因はいろいろあるだろう。しかし、もっとも決定的なのは、評価の基準が違っているところにあるのではないか。

先頃、戦後最長の景気拡大が見通されると発表された。平均成長率1・2%の低率ながら、成長が続いているのは事実だという。また、高まった株価、有効求人倍率、そして失業率の低下などを見ると、アベノミクスの「成功」には根拠があるように見える。

しかし一方、人々の実感はそうではない。実際、実質賃金の低下、それに伴う個人消費の停滞が続いている。

評価が様々で定まらない時、問われてくるのは、何を基準に評価するか、評価の基準ではないだろうか。

評価の基準を定める上で重要なのは、そもそも経済とは何かということだと思う。

経済を人々の豊かで幸せな生活を実現するためのものと捉えるのか、それとも企業の活発な活動を保障するためのものと捉えるのかで基準は大きく異なってくると思う。

人々なのか企業なのか。

そう問われたら、答えははっきりしているようだが、企業の活発な活動があってこその人々の生活ではないかと言われれば、事は簡単ではない。

しかし、現実の生活は、企業の繁栄と人々の繁栄が一体でないことを示している。

早い話、史上空前、400兆円を超えると言われる大企業の「内部留保金」に対し、勤労者の所得は減少の一途をたどっている。

アベノミクスの当初、言われた「トリクルダウン」は起こらなかったのだ。

こうして見た時、アベノミクスの失敗は明らかだ。

人々の生活が現実に豊かになっているかどうか、経済評価の基準はこの一点にしぼられるべきではないだろうか。