木々のスケッチ

赤木志郎

前回、鳥のことについて書いた。鳥は木々があってこそ生息できる。鳥たちのさえずりも盛んな季節も、木々がぐんぐん伸びるこの6月だ。それで、今回、木々にについて書く。

日本人村に多い木は松だ。普通の松、五葉松(朝鮮松)、唐松、それに樅、メタセコイヤが木々の中心をなしている。それ以外に、杉、アカシア、銀杏など。

果実をなすのは杏、栗、なら、五葉松、梨、クルミ、ユスラメ、サクランボなど。

鮮やかな花を咲かせるのは、れんぎょう、つつじ、杏、山桜、薔薇、百合、野菊などなど。

植物に詳しくないので、残念ながらこれくらいしか名前を挙げることができない。

これらの木々ははじめからあったのではない。はじめは普通の松やつつじがあっただけだった。大きな建物の前に並んでいる樅は植えた頃は、私の背丈より低く、そこから昔のアパートを眺めることができた。40年経った現在、20メートルにも伸びうっそうとし、アパートを眺めることはできない。

私たちのアパートの前にメタセコイヤが数本ある。30メートルくらいの一番、高い木だ。毎年、どんどん伸びていく。あるとき、田中が出張から帰って来て、この木が非常に伸びたのに驚いていた。それで私はこの木を見上げると、いつも田中を想い出すのだった。そして、木の高さで歳月の流れを感じる。

また、事務室の横に大きな銀杏がある。その下にはテーブルと椅子があり、銀杏の陰で休みながら河を眺めることができる。この銀杏は、子供たちが小学校入学記念で植えたものだ。それで、この木を見るたびに、小さき頃のことに想い出す。

事務室と宿所の間に大きなねむの木があった。葉に手で触れると葉を閉じるので面白かった。ねむの木の歌のように童心に帰ることができる木だった。しかし、衛星アンテナを設置するときに切ってしまった。

90年代、松食い虫がいっせいに松を襲った。そのため昔からあった松がかなり枯れ、はげ山になったような。しかし、かわりに広葉樹が伸び始め、年を経るごとに以前より鬱そうとした森林に生まれ変わった。

6月は雨が多い季節だ。一雨降るごとに、森のように大きくなる。木々の力強い生命力を感じさせる。

それで、日本人村を訪れるなら6月がもっとも良いと思っている。花が咲き乱れる5月はじめもよい。しかし、残念ながら、思うように日を選べないこともある。今年は、8月に帰国訪朝団が来るという。森林と化した山、見下ろす大同江、澄んだ空気で心と体を思い切り伸ばしてくれればと思う。